愛すべき季節の集大成

 信じられるか、否、これはきっと夢だ、夢に違いない。目覚めたら土曜日の朝で、俺は青女に向かうためにバタバタと自転車で駅に向かい、それからこーたとヒロと一緒に馬車馬のように働かされるんだ。

 だけど今、俺の隣には菜月先輩がいらっしゃって、机の上にはたこ焼き器と缶チューハイ。そしてテレビが映し出しているのは野球の頂上決戦。見るから付き合えと言われれば、俺が断れるはずもなかったのだ。


「常識的に考えて、贔屓が出て無くたってシリーズは見るだろ」

「見ます」

「と言うか、贔屓が出てる時より肩の力が抜けて楽しく見られる」

「わかります」

「というワケでたこ焼きを焼こうと思う」


 青女から強制送還され、俺は無事に大学に着くことが出来た。案の定2時からは少し遅れたし菜月先輩は装飾の仕事をされていたけど、昼放送の収録は無事に行うことが出来たし、俺も微力ながら装飾の仕事を手伝うことが出来た。

 午後5時を過ぎた頃、菜月先輩が突如「たこ焼きを焼こう」と、それはもう力強い目をしておっしゃったのだ。菜月先輩がおっしゃる突発的なたこ焼き……いや、言うほど突発的ではない。何故なら野球のスケジュールは先に決まっていたのだから。

 試合開始は午後6時半。それまでに買い物を……と思ったら、下拵えまでもう済んでいると。何という計画的犯行。いや、もしかすると装飾の仕事をギリギリまでされるつもりだったのかもしれない。とにかく、野球のお供にたこ焼きとチューハイは菜月先輩のテッパンで、愛すべき組み合わせ。


「圭斗も今頃ムリヤリ野球を見せられてるのかな」

「ああ、噂の彼女さんにですか」

「彼女が圭斗を束縛する上に、何かいろいろ強要してくるんだってな。野球もそのひとつらしいんだけど」

「スポーツに興味のない圭斗先輩には苦行でしょうね」

「圭斗から言わせれば、うちとお前の野球談義はほのぼのしてるらしいぞ」

「そうなのですか」


 MMPで言えば俺や菜月先輩と比べると奈々がちょっとハードかなという印象は受けるけど、それはそれでお国柄じゃないけど好きな球団のカラーと言うか、そんなような物が出ているし、アリな範囲だ。

 ただ、菜月先輩のおっしゃる圭斗先輩からのお話によれば、圭斗先輩の彼女さんは贔屓チームの中にも嫌いな選手が存在し、その人の一挙手一投足が気に入らないので選手や首脳陣にまで野次や罵声が飛ぶそうだ。味方でこうなら相手チームには当然飛んでますよね。


「あ、そっちウインナー。タコはこっち半分」

「はい」

「チーズどうする?」

「2回戦に回しましょう。最初はスタンダードに」

「ん、じゃあそうしよっか」


 菜月先輩とチューハイを煽りながらたこ焼きを一緒に丸めることの幸福と言ったら、現時点で他の何にも代え難い。出来れば野球サイドには何かもうめっちゃ時間を使ってもらって終電がなくならないかなあとかいう不埒な願望も顔を覗かせ始めている。

 いや、誤解のないように言わせていただければ菜月先輩にどうこうするためではなく、少しでもこの時間を共有していたいというだけだ。そんな、俺なんかが菜月先輩に手を出せるワケないだろバカなんじゃないのか!

 それと、これはあまり大きな声では言えないけど、こうやって宅飲みをやってるときにすんなりと帰してもらえた覚えがないんだよなあ。それこそ俺が被害者だと叫びたいくらいには酔った菜月先輩が俺を煽ってきて。俺の理性は毎回崩壊寸前ですよ。


「ノサカ」

「はい」


 はいと返事をした瞬間、カシャッとスマホが音を立てた。テレビをバックに俺がたこ焼きを丸めている姿を写真に撮って菜月先輩はご満悦の様相。そしてスマホの上をすいすい指を滑らせてて。


「そうしーん」

「えっ、まさか今の写真を」

「恐らく彼女に拘束されているであろう圭斗にな」

「うわっ。なかなかにグロいことを」

「あ、返信が来た。圭斗にしては早いな。えっと……うわあ……」


 菜月先輩が見せてくださった圭斗先輩からのメールには「僕も同じ物を見ています」と書かれていた。今がコマーシャル中だったから返信出来たんだろうなあと、菜月先輩と一緒にちょっと引いて。


「……うちらは楽しく見ようか、ノサカ」

「ええ、そうですね、菜月先輩」

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