帰れ!

「えっ、ちょっと待ってそんな事情があるのにこんなトコで何やってんの」

「そうだよマーシー、今すぐ行かなきゃ。誰か電車の時間計算出来る?」


 今日は青女の大学祭ということで、俺はヒロとこーたとともに手伝いとして駆り出されていた。元はと言えばヒロが啓子さんにしつこく大学祭について聞いていたのが発端。でも、いつの間にか手伝いをすることになっていたのは笑いますよ。

 手伝いの主な内容としては、ステージの大道具運搬だとか、男手がいるようなこと。青女でそういうのが比較的得意なのは福島先輩と直クンだけど、この2人はミキサーをやっていて手が放せないことも多々ある。

 そこで俺とこーたが啓子さんの指示に従い道具類の運搬をしつつ、ヒロがそれに茶々を入れるというぐだぐだっぷり。福島先輩は優しいから俺たちを誉めてくださるけど、実際あんまり役には立ってない。

 ステージの仕事が終わると手伝いの報酬として喫茶の方でやっているその日のセットをご馳走してもらえることになっている。俺は直クンからのおまじないをオプションで付けつつ、沙都子お手製のクッキーをカルピスと一緒にかじっていたんだ。

 それがどうした、急にこんな騒ぎになってるけど。青女の面々がやってる執事&メイド喫茶で手伝いに対する報酬としてのクッキーセットをごちそうになっていたのが一転。お前はボーッとしてないでさっさと出て行けという空気。


「今が12時30分でしょ、50分の地下鉄に乗って星城線に乗り換えて」

「わかった、わかりました、50分の電車で帰ります、大学に向かいます」

「アンタ、菜月先輩に対する遅刻って対策でのそれよりも悪質なんでしょ? 2時間3時間は平気で待たせるとか」

「あ、いや、一応最長遅刻時間は162分だし3時間にはまだ」

「人としてどうかしてる」

「ですが、それが野坂さんなんですよ青女の皆さん。このイケメン詐欺に騙されちゃいけません」


 そう、何を隠そう今日は土曜日。土曜日と言えば昼放送の収録だ。暗黙になっている待ち合わせ時間はサークル室に午後2時。それなのにお前はどうしてこんなところにいるんだ、ただでさえ悪質な遅刻魔なのにと全員から引かれてますよね!

 でも、青女に行ってくるという話は菜月先輩にも伝わってるはずだし、番組をやるのかやらないのかという話は定かではない。ただ、中止連絡もいただいていないので出来るようにはしてあるのだけど。

 特に、対策委員で俺の遅刻癖に辟易している啓子さんが「さっさと帰れ」と大学に行くことを促し、青女勢総出で電車のダイヤを調べてくれるのだ。そして沙都子と福島先輩が菜月先輩へと手土産にケーキを持たせてくれる。


「ノサカ今日ホンマに収録やるん?」

「やらないとは聞いてないし、行くだけ行く」

「菜月先輩に連絡すればええんに」

「いや、収録の有無を別にして、菜月先輩は装飾の仕事をしに来てる可能性が高い。やるにしてもやらないにしても菜月先輩がサークル室にいらっしゃるのであれば、俺は行かなくちゃいけない」

「野坂クンごめんね、忙しいのに無理言って手伝ってもらっちゃって」

「いえ! 福島先輩、こちらこそ申し訳ございません。大した役にも立てず、クッキーまでご馳走になってしまい」

「菜月ちゃんによろしくね。あと、来週遊びに行くからって」

「わかりました」


 お土産のケーキ箱を提げて、青女勢に挨拶を。そして賑わう女の園に背を向けて。いや、明日また来るんだけど。まずはこのおしゃれな店が建ち並ぶ、日頃は縁のない坂を下って地下鉄の駅に向かわなくてはならない。

 電車を乗り継いで、スクールバスに乗って。大学に着いてからもサークル室までは徒歩15分。その辺のことは青女勢の計算には入ってないから2時からは少し遅れてしまうかもしれないけど、ケーキが崩れない程度に走ることにしよう。

 さて、問題は電車の中だ。いや、空いてたって無理に座らなければいいんだ。俺はこーたじゃないから立ったまま電車で寝たりしない。そうだ、その手で行こう。膝やあったかい座席の上に置いたらケーキだって悪くなってしまう。そうだ、それで行こう。

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