窮地/旧知
「本当に、20分やるのね」
「ああ、何遍も言わせんな」
「それじゃあ魚里班に20分乗せるけど、言ったからにはやり切ること。いいわね」
「へーへー、やりますよっとォ」
宇部が見回りに来た。監査として部の様子を気に掛けなきゃいけないんだろうけど、監視されてるようでいい気はしない。
話は日高班の枠が他の班に上乗せされる時間について。シゲトラはムリだと言い切って早々に離脱したけど、問題は他の班さ。話を持ち帰って相談した結果、10分ならやれんじゃないかっていう結論に達した。でも、部活的には10分じゃ少し足りない。20分にならないかって話さね。
魚里班は急な枠の増減に対応出来ないってことは班長のアタシが一番わかってる。能力なら圧倒的な宇部班、短めに本を書いといて間を楽器で繋ぐとかいうセコい菅野班、あとは化け物の巣窟・朝霞班のようにはいかない。
「……無理は、しないで頂戴」
「させてんのは誰だっつー話だよ」
「あら、無理ならそう言ってくれればよかったのよ、鎌ヶ谷班のように」
「いや、そうじゃあない。日高は何してんだよ」
「部長の行動をあなたが知ってどうする気?」
宇部は鼻で笑った。知ったところでどうしようもないのは確かだ。だけど、日高班の枠が剥奪された理由も伏せられたままだし、胸糞が悪いっつーことには変わりない。それがこの部活の腐った部分のひとつだ。幹部だけで全てを握り潰そうとするところが。
ただ、この学年は幹部が幹部としての役割を果たしていると言うよりは、みんな腫れ物に触れないようにしてるだけだ。会計も、書記も、役職持ちはみーんな静かじゃないか。部長に触れば怪我をするのは自分だからさ。朝霞を避雷針に、宇部を子守役にしておけば自分の平和は保たれる。
「監査とは言え、やってるのは汚れ仕事だねえ。ねえ、恵美サンよ」
「私の事は何とでも言えばいいわ」
「ああそうかい。ま、アタシも今更アンタをどうこうしようとは考えちゃいないさ」
「そんなことより20分を回す本よ。言わせてもらうけど、魚里班の能力ではとても増えた20分を回せないわ。ファンフェスでの前例もあるじゃない」
「やらせたいのか、引かせたいのか。どっちだい」
「あなたは出来る。ただし、本があればの話よ。魚里班に足りないのは本を用意する能力だと言っているの」
「誰のおかげでそうなってんだか」
「私が鷹羽班から萩班に移って2年経ってるのよ。それは班の問題でしょう。由宇、違うかしら」
アタシと宇部は元々鷹羽班……厳密には鷹羽班になる前の大栄班で一緒にやってきた。その頃は名前だって普通に下の名前で呼び合う程度には仲が良かった。だけど、宇部が代替わり後しばらくして突然萩班へと移って行った。よりにもよって反体制派から幹部の班に。
これを喧嘩別れと言うのかはわからない。ただ、この2年間アタシはずっとここでこの部活の腐った体勢に異を唱え続け、噛みつく場所では噛みついてきた。その間に宇部は幹部の下で着実にPとしての実力を付け、そして自らも監査としてこの部を掌握する立場となった。
一言で言えば裏切りだ。絶対許すもんかって、絶対見返してやるって思ってた。それがどうだい、高々20分程度の枠をやれるのかやれないのかって心配されて。情けないねえ。アタシだって2年間、それなりにやってきたはずなんだけどねえ。
「やると言うなら、私が書くわ」
「何言ってんだい。情けは要らないよ」
「私が達成すべきは、あくまでも部としてのステージを成功させること。個人的な感情では動いてないわよ。やるの、やらないの、早く返事をしなさい。私ならアナウンサーとしてのあなたがどうすれば生きるのかも知ってる。それとも、書けもしない本を待つの? 心配しなくても今ある物で出来るようにするわよ」
「アンタの言い方が気に食わないのは昔っからだけど……いいぜ、そこまで言うなら書いて来な。やってやるよ」
「あら、よくもまあ上から物が言えたわね」
「うるさいねえ」
「まあ、いいわ。幹部だろうと反体制派だろうと流刑地だろうと、ステージの上では平等よ」
幹部らしからぬ発言だとは思ったけど、どんな立場の人間だろうとステージの上では平等であるというのは宇部の本心なのだろう。それなら、少しくらいは信用してもいいかなとは思う。問題は、ウチの荒くれ者たちが宇部の本に何と言うかだ。
「最後にひとつ聞かせておくれ。アンタ、一体何がしたくて班を移動したんだ?」
「誰もが分け隔てなくステージをやれる環境を作るため、腐った環境をぶち壊すこと。そうするには、幹部になるのが早いと思ったのよ。尤も、結果が伴っていないわけだし、信じなくても結構よ」
「……いや、少しだけ腑に落ちた」
ひとまずは、アタシも部としてのステージを成功させるっていう目的に向かって突き進むだけだ。
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