踏み込む距離で刃は届く

「山口! 山口はいるか!」

「いるよ~、ど~したの朝霞クン」


 朝霞クンがバタバタとブースに入ってきたと思えば、目の前にバサッと置かれた紙の束。よく見なくたって、台本だよね~。もしかしてこれはよくある台本が変わったパターンのヤツかな?


「何これ、台本?」

「枠が40分増えた分の台本だ。今すぐ練習するぞ」

「えっ、話が急だね~?」


 朝霞クンはたまに説明が足りなさすぎるところがある。相手もそれをわかってる前提で物を話すのか、それとも相手が別にわかってなくても問題ないと思ってるのか。今の場合だと、「増やした台本を今すぐ練習」だけが伝われば問題ない点。

 つばちゃんとゲンゴローは授業があるからまだもうちょっと待ってないと来ない。だから今やるのは読み合わせとか、簡単な動きのチェックとかになるのかな。目の下にクマを作りながらも朝霞クンは楽しそう。寝てないんだろうなあ、例によって。

 ただ、引っかかっている点がある。枠が増えた事情については日高班の枠がなくなったからっていうのは朝霞クンとメグちゃん以外の班長から風の噂で伝わってきたんだけど、じゃあ、日高班はどこへ行ったの?


「朝霞クン、隠密行動って知ってる?」

「バカにしてんのか」

「ううん? 練習はいいんだけど、こんな狭いブースじゃちょっと気分が出ないでしょでしょ~」

「それと隠密行動がどう関係するんだ」


 角部屋の特権……と言うか正確には「電気はやるからそこから出てくるな」というコンセント。パソコンやプリンターで地味に電気を使う朝霞班ブースでは、コンセントを増やすためにマルチタップを使っている。

 俺は無言のまま朝霞クンに笑みを投げかけ、白い三穴のマルチタップを人差し指でピンッ、ピンッと跳ねた。そしてそれを引っこ抜く。ほら、やっぱり。元々使ってたヤツじゃなくなってる。


「朝霞クン、スマホに自動応答アプリって入ってる?」

「いや、入れてない」

「見てみてくれる?」

「えーと……入ってない」

「ならいいんだ」

「って言うか、何なんだ。コンセント引っこ抜いてみたり自動応答アプリがどうしたとか」


 俺の不可解な言動に朝霞クンが不機嫌そう。だけど、引っかかる点は潰しておきたい。特に、何が起こるかわからないのがステージ前だから。自分たちの身は自分で守らなきゃ。生死に関わるし。


「朝霞クン、ウチの班の備品ってさ、全部ちゃんと目印付けてるよね」

「ああ」

「このタップ、見てくれる? どこにも印無くない?」

「……ないな」

「つまり、外部から持ち込まれた可能性があるってこと。ここでの会話が盗聴されてても不思議じゃない」

「お前、よく気付いたな」

「もちろんこれが盗聴器で確定したワケじゃないよ? でもさ~何かさ~、やたら白いな~、キレイだな~って思ったんだよね~」

「何か気持ち悪いな。捨てようぜ」

「捨てよ~捨てよ~」


 そして俺と朝霞クンが始めたのは、ブースの備品チェック。知らない物があればつばちゃんに確認してから捨てることにしようと。備品に関しては俺たちよりつばちゃんの方が確実だからね~。

 どこかへ隠れた日高班が、どの闇から斬りかかってくるかわからない。俺は見てるよという牽制は、しないよりはしておいた方がいい。あんまり好き勝手に荒らされても困るから。


「ところで、自動応答アプリっていうのは何だったんだ?」

「ああ、これはね~、電話をかけたら勝手に出てくれるんだよ~。だからね~、それを利用して盗聴するっていう手法でね~」

「と言うか、盗聴事情に詳しすぎないか」

「あ、えっと~、居酒屋っていろんな人が来るし……たっ、多少はね~!」

「まあ、いいか。備品整理したら練習するぞ」

「は~い」


 俺は知ってる。日高班には表に出ることも許されず、ひたすら影に徹する存在があることを。そしてその影は、いつだってこちらを窺っていること。これ以上は冒させない、たとえ刺し違えても。

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