幸せの基本
「布団がさあ、重たいんだよね」
単位交換制度とやらで毎週火曜日は緑大の授業を受けに来ている長野と飯を食うようになった。5月頃からひと月ほど入院していたらしく、食える物が限られているとかで今食ってるのも素うどんSサイズに50円で温玉をトッピングした物。
まだ避けた方がいい段階だからと俺の丼の上に乗せられたかまぼこを食みながら、入院中のことや退院してからの生活についての話を聞く。長野は見た目こそ根暗で陰鬱だが、実は話し好きでお調子者だ。
「布団?」
「退院してしばらく経つけど、日によってはしんどくて寝込むんだよ」
「そうなのか。大変だな」
「そうなるとさ、布団の状態が気になって来て。それまでは気にしたことなかったんだけど、あんまり頻繁に干してなかったなと思って」
「お前なあ、布団は人が健康で文化的な最低限度の生活を送る上での基礎だぞ」
「え、憲法の話になる?」
「いや、憲法はどうでもいい。大事なのはその日の布団だ」
寝込むことが増えて気付いた布団の状態は、ペラペラで重く、冷たい。いい匂いとも言えないし埃っぽい。本人が言うようにあまり頻繁に干していないとするならそうなるのも当たり前だ。布団の素材にもよるが、毎日干す必要だってあるんだぞ。
「布団が重いって、湿気吸って重くなってんのか」
「それもあるだろうけど、俺の体力の問題も少し。ほら、俺って学術書より重い物持てないでしょ」
「学術書はモノにもよるが十分重いだろ。それはともかく重いからっつって布団を干せないのはよくねえ。外に出せねえなら布団乾燥機は持ってねえのか、布団をシートに入れて熱風で乾かすヤツ」
「無いよそんなの」
「梅雨時期とか雨の多い時は外に出せねえだろ、乾燥機は必須だぞ」
布団乾燥機にお金を使うなら学術書に使いたいなあと長野は財布を開くことを渋る。長野の読む学術書なんざ俺にとっちゃ漬物石か鈍器でしかないからその辺は価値観の違いだろう。否定もしねえが、深入りもしねえ。宮ちゃんと同じ対処の仕方でいいだろう。
「長野、それかアレだ、布団の材質を変えるって手もあるぞ」
「材質?」
「例えば、綿布団ならこまめに陽の下で干すのが基本だが、羽毛布団は湿度の低い日に窓を開けて風を通すだけでもまあ最低限オッケーみたいなところがある」
「布団って高いよね」
「いや、今調べてるけど……特にこだわりがないならほら、羊毛入りのヤツとかでも1万5千円くらいで来るじゃねえか。ポリエステル布団なら5千円。ポリなら軽いだろうから重くて干せねえってこともないだろ」
「へえ、5千円なら本より安いじゃん。手が届くかも。ほら、車に乗るようになって維持費もかかるようになったじゃない」
「あー、そうだな」
長野はわかめを長く咀嚼しながら、布団セットがいろいろ表示された俺のスマホをガン見している。布団を買い替えることに少し興味があるのだろう。
俺は寝ることが趣味でベッドを聖域にしているから気を遣ったりこだわるのが当たり前になっているが、他の奴は案外そうでもないのだろう。布団乾燥機や布団に掃除機をかけるのが普通だと言ったらまだ少しドン引かれるくらいだし。
「っへひうはさ」
「ん?」
「緑大の食堂ってさ、量多くない?」
「体育学部がいるからな。俺にはMサイズでちょうどだけど、お前には多いか」
「Sサイズの量じゃないよこれ」
「こればっかりは慣れるしかねえ」
「そっか、慣れか。せっかく他所の学食なんだしいろんなものを食べたいよね、食べれる範囲で。学食もいっぱいあるんでしょ?」
「まさか俺が全部付き合わされる的なことか」
「量が多いとか、食べれない物あったら食べてもらわなきゃいけないし」
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