いろいろ肥えてゆく

「予約していた須賀です」

「3名様ですね。どうぞ、こちらです」


 今日は星羅と西海市にある洋食屋へやってきた。デートのように見えるけど、今日は星羅と2人ではない。俺と星羅をここに連れてきてくれたのは、星羅のお父さんでサックス奏者をしている誠司さん。

 誠司さんはその世界ではすごい有名人だけど、その辺を歩いていて騒がれるということもない。俺がカンたちと組んでいるバンドは星羅の家のスタジオを借りていて、誠司さんにはサウンド面でもお世話になっている、その繋がり。曰く、若い子と触れ合うのは楽しい、とのこと。

 最初の頃は誠司さんと顔を合わせるのにも凄く緊張していた。彼女のお父さんというのもあるし、何より“あの”須賀誠司。だけど実際話してみると気さくで話しやすい大人の人だ。白髪交じりの髪をバチッとセットして、スーツが決まっている。いわゆるロマンスグレーってヤツか。


「うわー、すごいんだ泰稚! おしゃれなんだ!」

「星羅、声はちょっと控えめにな」

「わかったんだ泰稚。お父さん、今日はどうしてこの店にしたんだ?」

「夜になるとピアノ演奏があるんだよ。それを聴きたいと思って。ご飯も美味しいらしいし。ずっと気になってたんだけどなかなか時間がとれなくて」

「ああ、確かにピアノがありますね」


 グランドピアノの上に掲げられた吊看板には、「ピアノ演奏(19:00~21:00)」と書かれている。今の時刻は19時の10分前。誠司さんがこれを狙ってきたのは明らかだった。ピアノだったらカンにも聴かせたかったなと少し思う。

 食事を注文して、本題に向けたスタンバイを。食事を待っている間にピアノの方に向かって人がやってきた。黒のタートルネックにグレーのチェック柄のパンツを穿いている。身長や骨格からすれば男かな、髪は結べるほど長いけど。


「実は俺もこの店は気になってたんです」

「そう、有名なんだ」

「俺のバイト先の先輩が、最近ここでピアノを弾いてる人と大学祭に出るためだけのバンドを組んだとかで。音大生とかでもない学生が店で弾いてるってどんなんだって思って」

「泰稚、どんなバンドなの?」

「えーと、ピアノベースドラムの3ピースで、全員メインジャンルが違う気紛れジャズバンドだそうです。オリジナルも書いてるみたいですよ」

「気になる。泰稚、その先輩に言って音源もらっといて」

「言うだけ言ってみます」


 ――とか何とか言っている間に前菜のサラダが届いていたし、星羅はそれを美味しいんだと言いながら俺の分までむしゃむしゃと食べていた。ピアノの演奏も始まり、いよいよ本格的なディナータイムへとと入っていく。

 誠司さんはローストビーフを口に運びながらも意識は耳の方にあるようだ。それを星羅は「また始まったんだ」と気にも留めず、誠司さんの皿に自分の頼んだグリルチキンの付け合わせだったインゲン豆を乗っけた。


「泰稚、お肉一切れあげるんだ。美味しいんだ」

「ありがとう。星羅、ポテサラ食べるか?」

「一口もらうんだ。ありがとうなんだ」

「わかってたけど、誠司さん微動だにしないな」

「お父さんはいつもなんだ。泰稚が聴いてこのピアノはどうなんだ?」

「音楽を学校とかで本格的に勉強してる人っていう感じはあまりないな。でも上手いし、アレンジの仕方が誠司さんに通じる物がある」

「お父さんに似てるんだ?」

「似てるって言うか、今流れてるこの曲、ゲームのBGM。多分パッと聴いてわかる人はあんまりいないと思う」

「そう言われればボクも知ってるんだ! 夜のフィールド曲なんだ!」

「だろ?」

「泰稚の言ってるお父さんぽさがわかったんだ!」


 何を隠そう、俺が組んでいるのはゲーム音楽バンド。ゲーム音楽をそれっぽくアレンジしたり、ゲーム音楽っぽいオリジナルをやったり。だから今演奏されている曲にもピンと来た。ちなみに、星羅とも最初はゲームの話で仲良くなった。


「そうとわかると楽しいんだ。でも、お父さんはちょっとヒドいんだ。お父さん! ご飯も食べるんだ!」

「あっ、ああ。食べるよ、食べます。……星羅、インゲン豆も食べなさい」

「おなかいっぱいなんだ」


 ピアノ演奏の終わる21時きっかりまで演奏とデザートまでの食事を堪能した。誠司さんは音楽に満足そうだし、星羅もデザートは別腹でしっかり完食。俺はこのピアノをカンにも聴かせたかったなあとより強く思った。


「お会計は5782円になります」

「すみません、ピアノの彼と少し話せますか」

「お父さん、お店の人に迷惑なんだ」

「……すみません。それでは、彼にこれを渡していただけますか」

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