後出しの才能

「芹ちゃん芹ちゃん」

「ドコドコうるせーぞ和泉」

「芹ちゃん芹ちゃん」

「ジャンジャンうるせーぞ和泉!」


 なぜか大学祭の中夜祭にバンドで出ることになってしまったオレは、変質者と極悪非道の4年2人組に虐げられていた。バンドには気付けばブルースプリングという名前が付いていた。セットリストの話にもなっているし、巻き込まれていつしか深淵へ。

 ドラムの青山さんは一言で言えば変態とか、変質者というそれに尽きる。春山さんを芹ちゃんと呼び将来的には春山さんに似た可愛い娘を作るなどと意気込んでいる。ドラムの腕や音楽に対する姿勢は確かだし真摯だが、如何せん性癖が異常すぎる。

 そもそも、このブルースプリングというバンドは春山さんの気紛れで結成された物だ。春山さんは気難しく、バンドをやるにも人を選ぶ。音楽性の違いというのは確かに大きな問題であるから、わからんでもないが。

 ベースとドラムだけではさすがにバンドとしては心許ない。そこで、春山さんが心当たりのあるピアノ……つまりオレの話をしたところ、青山さんが食いついてしまったのだ。オレを入れることが出来なければ春山さんを好きにする、と。

 好きにするというのが何を意味するのか何となく察したところで、オレはこのバンドに入ったことを現時点ではやや後悔している。いや、そもそもオレは春山さんから脅されている。この人はか弱い後輩を脅して意のままに動かすなど何とも思わない人だ。


「演劇部の劇中音楽も怜ちゃんの力を借りながらだけどいい感じに出来てね」

「へーへー」

「聞いてほしいんだけどダメかなあ」

「聞く分にはいいんだけどよ和泉、お前それは舞台で見ろって言うところじゃねーのか」

「舞台で聞くのはまた違うから。カナコちゃんの踊りも相まって凄いよ」

「カナコはなあ。異常性癖なのに舞台上じゃ完全に化けるよなあ」

「異常性癖かどうかは舞台には関係なくないかな」

「まあ、お前に懐いてる時点で性癖以外も異常だけどな」

「否定は出来ませんね」

「リン君まで!」


 類は友を呼ぶとかそういうことではないが、青山さんと同じ次元で会話の出来る人間はどこかしらイカれていると言うか……表面的にはまともでもどこか狂っているとか歪んでいるとか、そんな風に思えてならない。


「そんで、怜ってアレだろ、リバーシのギター」

「うん、そうだね。あっ、そう言えば何か妹ちゃんが情報センターでバイトしてるって言ってたよ」

「は!?」

「妹となると、土田しか該当しませんね」

「冴の姉貴なのか、リバーシのギター」

「えーと春山さん、話が見えません。リバーシとは」

「軽音のバンドだ。平凡っちゃ平凡だけどギターだけはクソ上手い」


 春山さんは青山さんの絡みで軽音サークルのライブに足を運ばされたことがあるそうで、軽音のバンドのことも少し知っている。今回青山さんに協力をした土田の姉のいるバンドのことはしっかりと覚えていたらしい。

 青山さんが「リバーシの新しい音源あるよ」と言えば、それに食いついてしまうのが春山さんだ。いそいそと再生ボタンを押し込めば、リズムに合わせて揺れる体。確かこの人、日頃から軽音をボロクソに言ってなかったか。気の所為か。


「和泉、前と何か違くないか」

「キーボードの子が抜けてからは怜ちゃんが打ち込みやってるんだよ」

「いや、そういう次元じゃなくて何から何まで違うだろ」

「今じゃ怜ちゃんのセンスでやってるバンドだしね。それまでは面倒だからって言われるままやってたみたいだけど」

「メンバーは反発しないのか」

「反発どころか。怜サマすごーいって賛辞の嵐だよ」

「ワンマンバンドもイイトコじゃねーか」

「怜ちゃんに逆らうとスルメの串でチクチクやられるのが地味に痛いんだよ」

「は? スルメ?」

「芹ちゃんが鉛筆かじるようなことだよ」


 演劇部とブルースプリングはどうしたという気持ちでいっぱいだが、そもそもブルースプリングの打ち合わせがそれだけで済んだことはないし、酒を飲み始めてからが本番だというのもわかり始めている。

 ワンマンバンドやらセンスやら、才能といった話の後でオレは自分の書いた曲を出さねばならんのかと。いや、オレはダテに今世紀最後の天才をやっていない。そう容易く吐き捨てられるような曲であるはずがない。

 私生活はともかく、音楽に対しては比較的まともであるこの人たちを信用する他に残された道はないのだ。そもそも、音楽をやっている者にまともな者などいやしないと言うではないか。

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