お昼のメニューは刷り込みで

「果林先輩。俺の球、無くなりました」

「うん、もうひとカゴ打っていいよ」


 水曜日の2限は、必修科目の体育でゴルフを選択している。ゴルフはチーム競技じゃないし、先生も緩くてスポーツがあまり得意じゃない俺でも気軽にやれて嬉しい。

 大学の施設のゴルフ練習場は、よくある打ちっぱなし。俺は春学期もゴルフを履修していたから2階のレーンでやることになっている。1階では、ゴルフを初めてやる人たちが先生から教えてもらいながら打って行く。

 去年の秋学期に体育を落としたらしい果林先輩もゴルフを履修した。学年が上がると団体競技には混ざりにくいそうで、ゴルフくらいがちょうどいいとか。せっかくだし、俺と一緒にやることにする、と至る今。


「果林先輩、本当に打ちますよ」

「んー、やっててー」


 ゴルフボールはひとカゴ30球。ひとカゴずつ交代で打とうという約束になっていたんだけど、果林先輩はシャーペン片手にベンチから動く様子が見られない。


「ああもう! お腹空いて頭が回んない!」

「ネタ帳ですか?」

「学祭でやる番組のネタ考えてたんだよ。タカちゃんとの番組でしょ、2年生番組でしょ、リク番でしょ」

「ああ、思った以上にやることが多いんですね」


 MBCCでは大学祭にDJブースと食品ブースの2ブースを出展する。DJブースでは終日企画番組やリクエスト番組をやり、代々1年生が切り盛りする食品ブースでは焼きそばを出す。

 食品ブースの店長はエイジの担当で、今年は今年の最上級に美味しい焼きそばというのを追及するのに忙しくしている。この食品ブースの稼ぎが学祭が終わった後の打ち上げに全額使われるそうだから、必死だよね。

 アナウンサーの個人番組は、まず組みたいミキサーを指名してから番組を作り上げていくことになる。俺は果林先輩から一緒にやろうと誘われて、迷わずにお願いしますと返事をした。その後に何人もの先輩から申し込みがあってビックリしたけど。

 その他にもアナウンサーさんは学年ごとの番組やリクエスト番組にも備えないといけないのかと。授業中の内職も必要になってくるワケだ。いや、ミキサーもキューシートを書いたりしなきゃいけないんだろうけど。


「果林先輩、朝ご飯は」

「とっくに消化しちゃったよ」

「ですよね」

「今日は何も持ってないんですか? いつもは何かしら食糧を携えてますよね」

「とっくに食べちゃった。何か今日無性にお腹空いちゃってさ」

「うーん……あっ、俺のカバンの中にカロリーメイトならありますけど」

「さすがにタカちゃんからわずかな食糧を奪うのはよくないでしょ」

「あとはフリスクくらいしか……」

「いいよタカちゃんありがとう。お腹空いて死にそうだしネタを考えるのはもうやめとくよ」


 そんなことを話している間にも、ヒュッ、バチンと周りの人がスイングする音が重なり合う。さすがに2階からの白球は真っ直ぐに遠くへと飛んでいく。と言うか、先生が見回りに来ないからこそこんなに緩くやってられるんだろうけど。


「タカちゃんそのカゴ何球打った?」

「3球です」

「引き継いでいい?」

「どうぞ」


 ゴルフは初めてのはずの果林先輩だけど、俺が春学期に教わったことを軽く教えただけでそれっぽくなってるのが凄い。元の運動神経というヤツなのだろう。チャー、シュー、メーンの掛け声で、白球は怨念を乗せて飛んでいく。


「果林先輩、ナイスです」

「でしょ? あー、学食でチャーシュー麺食べたい。Lサイズね、Lサイズ。タカちゃんお昼一緒に食べよう」

「はい。あ、俺ちょっと思ったんですけど」

「なに?」

「ネタを考えるのに頭が回らなかったのは、睡眠時間が足りなかったとかじゃ。今日水曜日で深夜のバイト明けですよね」

「バイトの前と後に3時間ずつ寝てるから特別足りないってことはないよ。いつもと同じ。タカちゃんよりよっぽど寝てると思う」

「それを言われるとツラいです」

「タカちゃん今日午後授業あったっけ?」

「午後は3限がありますけどそれだけですね」

「それじゃあさ、4限の時間に打ち合わせしよ。学食で何かつまみながらさ」


 打ち合わせの約束をしたところで、果林先輩はまた打ちっぱなしへと戻っていく。チャーシューメーンの掛け声はよく響いて、何だか俺までチャーシュー麺が食べたくなってくる。現在時刻は……11時15分。お昼まではまだまだだ。

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