朝霞先生の相談室

「うっうっうっ……あざがぐううん」

「あーはいはい、落ち着け伏見」

「もおヤダあの人おおお」

「朝霞、あずさにお水」

「ああ、悪いな大石」


 伏見に連れられやってきた西海駅前のバー。軽く飲みながらゆっくりと互いの部活の近況報告という予定だった。誤算は、ゼミの飲みではこんな風にならない伏見がここだとこんなに性質の悪い酔い方をすること。

 この店は大石の兄貴である女装家のベティさんがやっている店だ。ベティさんも伏見にとっては幼馴染みだから、この空間が伏見にとっては居心地のいい場所なのだろう。それで普段は抑圧された叫びが、こう。

 今日はたまたま大石がいて、普段はベティさんがさせないそうだけど相手を俺と伏見に限ることを条件に手伝っている。大石がバーカウンターの向こうから酒やらつまみやらを出してくれるのは違和感しかない。居酒屋の山口とはまた違う雰囲気がある。


「それで、何が嫌なんだ」

「ぐすっ、ぐすっ」

「わかるか。話を聞けって言うならさっさと泣き止んで言語化しろ」

「まあまあ朝霞。あずさ、どうしたの。あずさが書いた脚本で撮影してるんだよね、今。そこで何かあった?」

「うう~……ち~ぃ~! エキストラの人が~!」

「うんうん、エキストラの人が?」

「ぐすっ、ぐすっ。バカにしてくるし、ぐすっ、こっちは出てやってるんだから、言うこと聞けとか、ぐすっ、脚本、こんなので、よく撮影してるよね、って、ぐすっ」

「辛かったね、うん。あずさは頑張ってるのに酷いねその人」


 伏見はぐすぐす泣きながら、短編映画の撮影中にあった出来事を語る。伏見が荒れている原因は、撮影に参加しているエキストラの男。現場に指図をするわ脚本にケチをつけるわ、とにかくやたら偉そうなんだそうだ。


「おまけにさ、エキストラに来てくれてるすっごい綺麗な人がね、いるんだけどね、ぐすっ、その人をナンパしてたから、先輩に言われて注意しに行ったの。そしたらさ、なんかさ? アタシがその男を好きなことにされてさ? 僕が好きだから他の子と話してるのが嫌なんだねとか言われてさ、意味わかんなくてさ」

「うわ、酷いなあ」

「伏見、単なる自意識過剰な野郎じゃねーか。気にすんなそんな奴。あと、脚本をバカにしてくる奴は殺すまで殴り続けろ」

「朝霞、発言が物騒だよ」

「いや、物理的にじゃねーぞ。ソイツが泣いて謝るまで書いて書いて根拠を並べてまた書いて、筋道立ててまた書いて、没にされた瞬間次の本を出すくらいの勢いで書け。お前に足りないのは脚本家としての気迫と自信、それとプライドだ。批評は受け入れても批判と文句を言わせる隙を作るな。隙は脚本で埋めろ。一に脚本二に脚本、三、四が脚本五に脚本だ。俺たちの武器はペンだろう」

「……朝霞クンと同じレベルの気迫はそう簡単には身につかないと思うなあ」

「うん、しかもあずさだもん」

「ちー、それどういう意味」

「大石、ソルティドッグ」


 話をまとめると、エキストラの男がやたら伏見に絡んでくるのがウザいという結論にたどり着いた。脚本に口を出すわ、伏見がその男に惚れていることにしたそうな勘違い言動のイタさやらがもうしんどいらしい。

 俺と大石の出した助言は「相手にすんな」というそれだけ。伏見は人から話しかけられるとご丁寧に相手をしてしまうんだろうけど、本来脚本家は監督と一緒に現場の流れを追ってないといけなくて忙しいはずだろ、と。


「朝霞クン、すごい。何で知ってるの」

「いや、ステージとかラジドラもそうだし映像もそうかなって。状況に応じて細かいところを書き換えたりしないのか」

「ある」

「ならそういう奴に構ってる暇なんかないだろ尚更。時には非情になれ。今のお前が困ってるような奴は大体口だけで具体的には何も出来やしないんだ。そんな奴に耳を貸すことはない。お前がブレると作品が路頭に迷うことを忘れるな」

「朝霞センセについてきます~…!」

「畑違いなんだからついて来んな」

「何か、俺もゴメンって思った」

「お前に何が刺さるんだ、大石」

「ほら、俺もPだけどさ、非情にはなれないもん」

「いや、ウチと星大じゃまた違うんだから一概には言えないだろ。とにかくだな、伏見。お前はとにかく自分の作品を貫き通せ。いいな」

「はいっ!」


 そんな俺たちを見て、ベティさんがくすりと笑っている。ぐすぐす泣いていた伏見が一応は元気になって安心したのだろうか。


「あ、そうだ伏見。ひとつ聞いていいか」

「うん、何ですか朝霞先生」

「先生言うな。お前、ゼミの飲みじゃここまで酷く酔わないよな?」

「外では加減してますよ、そりゃ。ここではねえ、つい甘えちゃうの。ちーもいるしって思って」

「あずさ、今度からはゼミの飲みでも朝霞がいるからって飲み過ぎちゃダメだよ」

「はーい」

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