その名は盾で枷で、仮面である

「よっこいせ、っと。はー、さすがにこの量を一気に運ぶのは無謀だったねえ」


 腰に巻いたパーカーと、赤のエクステを刺した大きなポニーテールが揺れる。魚里だ。大量の資材を運搬しているようだ。気温はいくらか過ごしやすくなってきたが、汗が滲むのか、額を手の甲で拭っている。

 先日、宇部から大学祭でやるステージのタイムテーブルが発表された。それが発表されるといよいよ準備が本格化してくる。まずはプロデューサーが台本を書いて、班ごとに練習をし、通しリハがあったりして完成に近付けていく。


「魚里、手伝おうか」

「ん? 菅野かい。いんや、これはアタシの仕事だからねえ。アンタにさせるワケにはいかないんだよ」

「でも、それって魚里班じゃなくて部全体で使う資材だろ」

「アタシが宇部から頼まれてんだ。アタシが完遂しなきゃいけないってーのはわかるかい?」


 魚里は頑なだ。手に食い込むその荷物を決して俺に預けてはくれない。部の仕事なら、俺が手伝ったって何の問題もないはずだ。にも関わらず、自分の仕事だと言い張っている。


「丸の池から思ってたけど、魚里はよく働くな。と言うか、働かされてるのか?」

「働かされてるのには違いないけど、働かされてるって言い方は好きじゃないねえ。ある意味これは目眩ましさ」

「目眩まし?」

「魚里班は幹部に対してナニクソとかいつか潰すって思ってる連中の集まりだ。一見一番ヤバいのは流刑地の朝霞班だけど、実際ウチの方が危ないんだ。それを一番理解してるのが宇部だ」

「だから、宇部の言う仕事は完璧にこなす、と?」

「宇部の言動には意図が理解出来るところと出来ないところが激しく絡み合ってんだ。アタシが言うんだから間違いない。今回の買い出しに関しては、幹部のパシりじゃなくて部全体の仕事だから納得して引き受けた。それだけさ」

「でも、それだと俺に手伝わせない理由にはならなくないか」

「そんなの簡単だ。菅野、アンタが幹部寄りの班長だからさ。反体制派が幹部寄りの奴に雑用を押しつけてんのを見られると、ウチの班の存亡に関わるんだ。もしアンタが朝霞か洋平だったら手伝ってもらってたさ」


 班の存亡。俺が考えたこともなかったことが、魚里の口からは当然のように出てくる。朝霞班に対する待遇もそうだし、同じ部活なのに置かれている状況はこうまで違うのかと。背筋が震えた。ゾクゾクして、言葉が出て来ない。


「それで一番めんどくさいことになってんのは須賀班だろうよ」

「え、須賀班が?」

「星羅がバカみたいにポジティブだからそう見えないのが仇になってんだ。ウチの待遇が悪いのは幹部に反抗的だからっていうちゃんとした理由がある。だけど、須賀班はそうじゃあないんだよ。わかるかい、菅野」

「ああ。少なくとも星羅はそうじゃない」

「ちょっとだけ反抗的だった先代の名前に引きずられて、須賀班の本質を見られないまま雑用を理不尽に押しつけられたり予算をさほどもらえてなかったりするんだ。ただ、星羅がポジポジだから目立ってないだけなんだよ」

「先代の名前、か」

「実際、朝霞班もそうだな。菅野、アンタんトコも実はそうだろう?」


 魚里の存在が幹部から見ると面倒なのは、反抗的以上に“見えている”からなのだろうと思った。宇部クラスになればそれをわかった上で魚里を扱っているのだろうが……いかに俺が自分のことしか考えていなかったのかがわかって腹立たしい。


「幹部に忠誠を誓ってるなら、熱中症で倒れた朝霞を助けたりしないし、今もアタシに声をかけたりしない。何を考えてる? クーデターでも起こそうってかい?」

「いや、そんなつもりは……ただ、俺は怖くなったんだ。それこそ、丸の池の頃からだ。班の名前で置かれる環境が違うことに初めて気付いて、自分が情けなくなって。確かに、俺は日高に忠誠を誓った覚えはない。今では腹立たしいとすら思う」

「でも、それを表に出しちゃあいけないよ。魚里班はアタシが自分で守るし、アンタは須賀班を解放してやってくれないか。幸い、アンタは星羅を助けたって不自然じゃないんだ。須賀班の他の子もみんないい子だ。星羅に似てポジポジでさ。どう見たらアレが反抗的に映るんだか」

「魚里」

「何だい」

「あの日、朝霞を助けたのは宇部の指示だ。嫌な予感がするから朝霞を捜せって」

「……私情なのか信念なのか、ますますわかんないねえ。痴情ではなさそうだけど」


 あんまり遅くなると監査の嫌味が長くなるんだよ。そう言って魚里は荷物を持って行ってしまった。魚里は宇部に対して複雑な感情を持っていることはわかっていたけど、それは必ずしも悪い物だけではないからこそ難しくなっているのだと感じた。

 須賀班の解放、それから、この部活に蔓延る見えざるヒエラルキー。先代の名前の影響について。考えることがどんどん増える。洋平と魚里の話は聞けた。俺は一度、宇部に話を聞かなければならないのではないか。意図せずとも、俺は混沌とした渦に飛び込んでしまっているのだと理解をした。

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