三度突きつけた現実の崩壊

 ゼミの課題を出しに来た流れで、みんなそのまま帰らずに履修を考え始めていた。もうすぐ秋学期が始まる。俺は教職課程の都合もあるからみんなほど全休は取れないけど、全く自分の時間が取れないという程ではない。


「浅浦、助けてくれー。この通り」

「何をどう助けろと」


 俺に頭を下げて、助けてくれと頼み込む相川の履修表はまだ白い。単位がヤバいという程でもないけど、秋学期になるとこうして頭を下げる姿がよく目撃されるし、俺がその対象となることも多々。

 それというのも相川は大学祭実行委員をやっている。今年は役職にもついて現時点で多忙な日々を送っているそうだ。大祭実行なんかになると、9月からの2ヶ月はバイトにも入らず大祭のために動き回ることになるそうだ。

 俺はサークルにも入ってないし、大祭で何をするわけでもないからそんな相川の姿を見ても大変だなあと思うだけで、それ以上でも以下でもない。もしかすると、だからこそ白羽の矢が刺さりやすいのだろうか。


「同じゼミにいるだけあって興味関心は多少似通うだろ。つまりは履修の傾向も見えるってワケだ」

「で? 俺と似たような履修にするから大祭までの回をどうにかしてくれとか、そういうことか」

「いよっ、さすが浅浦! 話が早い! 大祭が終わったら自分で何とかするし、テスト前に困らすようなことはしないから安心してくれ」


 大祭実行なんかになると、バイトどころか授業にも出ずに大祭のために動き回ることになるのだ。大学での寝泊まりは日常。どんなブラック組織だと思うけど、寝れているだけマシなのかとも思ってしまう。


「でも相川、いろいろ大丈夫なのか」

「いろいろって?」

「俺は大祭に来る予定もないし」

「来いよ」

「それはともかく、大祭に来る予定もないし」

「2回言うな。来い」

「来る予定もないし何かをするわけでもないから他人事として見てるんだけど、準備が本格化するとバイトも授業も出れないとか、それはそれで学生生活の根幹を揺るがす事態じゃないか?」

「この野郎3回言いやがった! それはそうと大祭実行の3年にもなると、大学祭こそが学生生活の根幹、みたいなトコがあるじゃんな」

「怖っ」


 大学祭実行委員という響きや楽しそうな雰囲気に、1年生の時点では100人が大祭実行に名を連ねるらしい。しかし、ハードな日程やプライベートな時間が取れないことに2年で半分が辞めていく。3年にもなると、20人も残らない。

 その約20人も全員がアクティブというわけではなく、ちゃんと通年の仕事にかかるのはさらに半分。実質的な生き残りは10人程度。相川も含めたその精鋭達は、この時期が来ると何もかもを大祭中心にシフトしていくことになるのだ。


「おはよ~」

「あ、関さんおはよう」

「関さんにもお願いしといて大丈夫かなあ!」

「やめろ相川、節操ない」

「どうしたのお」

「相川に大祭までの間出れない授業を何とかしろって集られてるトコ」

「お疲れさまデース」


 関さんがぺこりと頭を下げると、何かを思い出したように相川は関さんに詰め寄るのだ。あまりの詰めっぷりに関さんは引いている。


「関さんは大祭来るよね! ね!」

「ぶ、部活があるから一応来るよお」

「聞いてよ関さん! 浅浦は俺の目の前で大祭に来る予定はないとか3回も連呼しやがる鬼畜野郎なんだよ! ヒドくね!? ヒドいよねえ!」

「日曜まであるのに次の日もう授業で休みないし、人混みが嫌いな人なら来ないんじゃないかなあ」

「聞いたか相川」

「聞こえない」


 関さんが突きつけた現実から目を反らすように、相川は耳を手で覆ってわーわーと声を発している。さすがに少しやり過ぎたか。ただ、来る理由がないのも本当だ。何か面白いことがあれば来るのに。


「浅浦クン聞いた?」

「ん、何を?」

「何か、みやっちがピザのお兄さんと結託してカズさんを女装ミスコンに出そうとしてるらしくって、めっちゃ準備してるんだってえ。みやっちめっちゃうきうきしててえ。あっ、まだカズさん本人には言ってないんだって」

「ピザのお兄さんって言うと、高崎か。えっ、何それ面白そう。見に来ようかな。えーと、相川には聞こえて……ないな」

「聞こえてないねえ。まだわーわー言ってる」

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