君の頭がおかしい
朝霞クンに呼び出され、部屋へと向かう。朝霞クンとは向舞祭が終わった次の日に会って以来。定例会のことを連絡するのに電話をしたくらいで、1ヶ月ほど互いに相手の存在がない生活を送っていた。
インターフェイスの作品出展が星ヶ丘に回って来たらしい。そういうのは基本的に流刑地の班、今年なら朝霞班が担当するというのが暗黙の了解。ステージの映像を出せれば一番いいんだろうけど、大人の事情でラジドラをやるのがいつもの流れ。
「朝霞ク~ン、久しぶ」
――り、と言おうとする前に驚きが勝る。パソコンにかじりついた朝霞クンは、上げた前髪を洗濯バサミで留め、1ヶ月の間に少し伸びたらしい髪を輪ゴムで結んでいる。
「ああ、山口。来たか」
「いや、来たかじゃないよど~したの頭!」
「あ? 誰がアタマおかしいって」
「違う違う! 髪の毛のこと!」
朝霞クンのアタマがおかしいとか、思わないこともないけど少なくとも今は中身じゃなくて髪の毛の話だし。朝霞クン自身思うところがあるのかな、そう先走るってことは。
「前髪が邪魔になるのはわかるけどさ、俺もたまに上げるし。でもさ、ヘアピンとかクリップとかで留めるデショ普通は。洗濯バサミはないよ朝霞クン」
「手近にある物で済ませたかった。コンビニに行く時間がムダだったし」
「じゃあ、髪を結んでるゴムもそういうコトでいいね~」
「ああ」
「解くとき痛いよ輪ゴムって」
「痛いなら眠気も覚めてちょうどいいだろ」
そう言って、朝霞クンはようやく顔を上げて俺と目を合わせてくれた。うわっ、クマが濃い。ラジオドラマの台本を書いてるってことは、ある程度鬼の朝霞Pのスイッチが入ってるだろうとは思ったけど、髪は予想外だった。
確かに、8月上旬の丸の池ステージの時点で朝霞クン基準では標準的な髪の長さだったと思うんだよね。そこから向舞祭を経て長めになって、そのままほったらかして現在に至ってるのかな、もしかして。
「地元で髪切らなかったの?」
「こっちの美容院で切ろうと思ってるうちに台本を書き始めてそれどころじゃなくなった」
「想像には難くないネ」
「お前を呼んだのは他でもない、台本の先読みだ。必要になりそうなBGMやSEの依頼はもう戸田に出してある。源へのノウハウ継承の意味も込めて一緒にやるように指示した」
「さすが~、班長サマでしょでしょ~」
まだまだ決定稿ではないそうだけど、ベースを大きく変えることはないという言葉を信じて台本の先読みを。プリンターから吐き出されてあったかい紙を1枚1枚受け取って目を通していく。
松岡クンじゃないけど、朝霞クンだからきっと定例会の予定も完璧に把握していて、そろそろ星ヶ丘の作品出展だってわかっていて準備してたんじゃないかなって思ってる。そういうの関係なしに趣味で書いてるような人だし。
それでなくても幹部(って言うかこの場合一番話の速いメグちゃん)に提出したそれがボツにされたときのために台本を複数用意するなんて当たり前。朝霞クンは暇さえあれば引き出しと弾を増やし続けている。
「朝霞クン、脱稿したら髪の毛切りに行ってね」
「すぐにでも収録したい」
「あのさあ、朝霞クンが思ってる以上におかしいからねその頭!」
「いや、邪魔だし切りたいとは思ってるけど俺の髪なんかより作品出展をだな」
「ねえ、朝霞クンいつもコーディネートに気を遣ってるジャない…! 俺の中にいるオシャレさんな朝霞クンのイメージが音を立てて崩れるしPがそれって何かイヤ! 帽子かぶってごまかすのもなし! 髪切って!」
ステージだから気を遣ってラジオドラマは手抜きするってワケでもないんでしょ。おいおいとウソ泣きをしながら続ける説得。よっぽど悲壮感が漂っていたのか俺がウザかったのか、朝霞クンは渋々切りに行くと約束してくれた。
「いつ納得できるかわかんないし、予約入れないで行って大丈夫かな」
「納得するまでとか言ってたら一生終わんないから! ねっ! 終わりを決めて。それを決められるのがPの権限だから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます