権威とベランダアイス

「飯野に発表があります」


 大学祭実行委員の部屋から繋がるベランダ。そこで俺は倉橋からアイスを手渡され、発表とやらを受ける心構えをする。夏休みは夏休みなんだけど、大学祭実行委員にとっては休みなんかじゃない。毎日フル稼働だ。

 俺はこう見えて大祭実行では結構な立場で、漢字ばっかりだし長いから役職名はちゃんと覚えてないけど、委員長の次に偉くて責任のある立場だということは確かだ。確か、緑ヶ丘大学大学祭実行委員会副実行委員長兼運営局長とか何とか。


「こないだよりアイスのグレードが高い気がする」

「アイスのグレードは発表のグレードに比例するからね」

「こないだ相川が持ってきたのがガリガリ君で、今日はパルムとか。今日はすごい話っぽいじゃんな」


 パルム1本でガリガリ君が2本買えそうなことを考えると、話のグレードは結構期待できるんじゃないかと。ただ、アイスを用意するのは話す側だし、話す側のテンションと俺のテンションが同じとも限らないっていうな。

 ちなみにこないだ総務局長の相川が持ってきたのは「ここ最近の大雨で学内に立てた看板の劣化が激しいしすでに何枚かはぶっ壊れた」というイヤな感じの発表だった。それがガリガリ君(梨)1本の発表。それは看板に透明な袋をかけて対処させた。

 さて、倉橋の発表は何だ。パルムだぞ。嬉しいから大盤振る舞いするのか、難しい仕事が出来たからアイスを与えて餌付けするのかって、それで結構変わってくるじゃんな。出来れば嬉しい大盤振る舞いであってほしい。


「もうちょっと行ってたらダッツだったんだけどねー」

「何でもいいから早く話してくれよ」

「ブース出展数が集計出来たんだけど、屋内外込み3日間通して290」

「マジか!」

「300行ってたらダッツだった」


 よその大学じゃ模擬店とも言うみたいだけど、緑大の場合はブースって言う。そのブース出展数が今年は290。例年250前後ってことを考えると今年は結構な申し込みがあったということがわかる。

 イベントもあるけどやっぱり模擬店も大学祭の華だ。それがあるのとないのとじゃ全然違ってくる。模擬店の数だけ人は来るし、それだけ盛り上がる。俄然やる気が出てきた。


「だからさ、情宜局はバタバタで死んでるんだよ」

「パルムうめえ」

「聞いてる!?」

「聞いてる聞いてる! どっか比較的落ち着いてるトコから情宜にヘルプ寄越せみたいなことだろ? 渉外と書記がちょっと落ち着いてるからそこから何人かずつ行くように言っとくわ。5~6人でいいだろ?」

「アンタ学祭の話はビックリするくらい理解早いよね」

「ステ値を大祭に全振りしてるからな」

「ゼミにちょっと回さないと安部ちゃんかわいそうだわ」

「あー、何も聞こえないー、あー」


 何もこんな時までゼミの話を持ち出さなくたっていいのに倉橋のヤツめ。大学祭が終わるまでは大祭に全振りのままでいいんだ。いざとなったら高崎と安部ちゃんに何とかしてもらうし!


「あー、ゼミといや。MBCCとステージの打ち合わせしなきゃいけないの忘れてた」

「……飯野、例によって高崎と密約交わすんじゃないでしょうね」


 倉橋が、ギロリと俺を睨んでくる。

 大祭実行は、ステージイベントへの協力を放送サークルMBCCに毎年依頼している。やっぱりツテがあると話が早いし伝わりやすいし盛り上がる。だけどその分便宜じゃないけど、そういうのが出てきたりもして。


「で、でもよ、MBCCとステージの音がケンカしないのはあそこしかねーんだってマジで! 代々そうなってんだしそればっかりは何とも」

「あのさ、今年もそうやりますって言ってくれればアタシだってわかったって言うんだから。陰でこそこそすんのはなし。いい?」

「……わかりましたー」


 アイスの棒をくわえてぷらぷらと。食ってしまったからにはここでの話は聞かなくてはならない。まあ、倉橋の了解も得たし心おきなく高崎には「いつもの場所取れたぞ、どや!」っつって恩を売ろう。そしてあわよくば授業のノートを。

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