アバンチュールはお断り

「か、帰りたい……」

「何言ってんだコシ! 俺たちはコシと水鈴さんのデートを邪魔しようだなんて思ってないし、どうぞ存分に楽しんでくれ!」

「デートじゃなくて尾行の付き添いだ」


 例によってあやめのカップル尾行に付き添った結果、あやめはまーた勝手に消えた上に裕貴らは見失い、俺の傍らには水鈴。そしてその現場で何故かいるインドア集団向島の極悪3人衆に捕まって現在に至る。

 大方の予想では、あやめが圭斗に情報を流したのではないかと思ったんだけど、今回は本当に偶然らしい。そしてその圭斗も、俺と似たような顔をしている。これは紛れもなく「帰りたい」という顔だ。


「圭斗、顔が死んでるぞ」

「どうして僕が連れて来られたのか、今でも理不尽だと思っています」

「望んでついてきたワケじゃないんだな」

「向舞祭の前なので遊ぶ体力なんて残ってませんし、海は昼じゃなく夜歩くものでしょう……もうやだ、帰りたいよう。しくしくしく」


 わざとらしく泣き真似をする圭斗がチラりと向けた視線の先にはお麻里様。そら逆らったら死ぬわな。ただ、麻里もインドア派のはずだし何がどうして海なんか。それもこんなメンツで。


「ダイさんがDJやってんだと」

「ああ、それでか」


 この辺の浜辺ではたまにイベントがあるらしいんだけど、どうやら今日はダイさんがDJとしてお目見えするらしい。で、麻里はそれを見にマーと圭斗を引き連れてきたという事情だ。

 確かに、少し行った方ではそれらしいブースが組まれているように見える。ボン、ボンという低音も少し届いているようだ。ただ、結構距離があるしここからじゃ何が行われてるのかちゃんとは見えない。


「しかしコシは水着映えするなあ」

「ん? と言うか浜辺でそんな格好してるお前等が浮いてるの間違いじゃなくてか」

「圭斗クンのカッコ、完全にビーチじゃなくて港デートだもんね」

「僕は脱ぐ予定はありませんしそもそも泳げません」

「俺はまあ、Tシャツ短パンならセーフかなと思って」

「村井サン、僕はこれ以上日の当たる場所にいたら死んでしまいます。海の家に帰っていいですか」

「そういうことだからじゃーなコシ」


 連中にいつものノリがなかったのは理不尽に連れて来られているのと体力的な問題からか。どっちにしても、いつものノリでやいやい言われなくて良かったと思わざるを得ない。

 さて、ここからが問題だ。水鈴と2人残されて、どうしろと。あやめが戻って来る気配もないし。と言うか海だし変な輩に絡まれてたり、カメラ持ってるから盗撮に間違われて捕まってなければいいけど。


「雄平、泳ごうッ! 海とか久し振りだしッ!」

「唐突だな! つか水鈴、お前泳げるのか?」

「えっと、プールでなら少し。雄平は?」

「人並みには。プールより海の方が得意かな」

「え、えっとね雄平、海に入って波でふわーってしたいんだけど、ちょっと怖いから手繋いでもらって、いい…?」

「ああ。そういうことなら、来いよ」


 寄せては返す波に乗って、体が浮く感覚を楽しむ水鈴の無邪気さだ。俺は底に足が着いてるけど、水鈴はギリギリつかないくらいだからずっと浮いていて変な感じがするらしい。


「浮力凄い!」

「海水の方が浮かびやすいって言うしな」

「雄平、せっかく浮力あるしお姫様抱っこをしよう」

「浮力なんか無くてもお前くらいならいつでも出来るし、そもそも姫抱きをする必要がどこにあるのか」

「一夏のアバンチュール」

「手、放すぞ」

「ゴメンウソだって手放すのはホントダメッ! でもお姫様抱っこは乙女の永遠の憧れなんだよ雄平」

「じゃあ、一瞬な」

「ありがと雄平あとで焼きそば奢るねッ!」


 後日、俺はこのときの気の迷いを激しく後悔することになるのだが、水鈴は乙女の永遠の憧れとやらを叶えたことにいたく満足げだし、それ以上の下心がなかったからそのときは良しとしたんだ。

 例によって尾行は失敗してるし俺が普通に海を楽しんでる。何をしに来たんだという思いも少々。だけど今のところ悪い気はしてないし、普通に楽しいから問題はない。大学を出たらそうそうそんなことも出来ないだろうし。


「そう言えば、あやめちゃんはどこに行ったんだろう」

「水中から狙おうとして沈んでなければいいが」

「雄平、さすがにそれは」

「作品に貪欲な連中は息継ぎを忘れるんだ」

「もしかして」

「朝霞がな、書くためには知ってないとって言って泳げないクセにどんだけ水の中に顔をつけてられるかってやってたときは酷かった」

「……あやめちゃん生きてるかなッ!」

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