鳥とサブレが呼び合って

「慧梨夏が野暮用で東都に行ってたんだけど、そのお土産の鳥サブレ。よかったらみんな食べて」

「わー、おいしそー! いただきまーす」

「俺も最近はご無沙汰だな。有り難く」

「あっ、お菓子ならアタシも食べるー」


 こないだ慧梨夏がコミフェ帰りにくれたお土産の鳥サブレは、結局一人で食べきることが出来ずに現在に至る。やっぱちーちゃんはさすがだし、カオルも安定。ビッキーはちょっと疲れてきてるみたいだけど、お菓子への食い付きはさすが。だけど。


「圭斗ー、生きてるー?」


 例によって返事がない。死んで久しい。


「死んでるな」

「死んでるね。涼しいって言っても31度だもん。暑いよ」

「圭斗ー、カバンの中に鳥サブレ入れとくよー」


 圭斗のことだから本番は何とかしてくれると思うけど、ここのところの死にっぷりはガチだ。

 2年生にも配ってまだ余る。いつもながら慧梨夏はGREENs基準なのがな。GREENsは何でもかんでも大量に、かつデカけりゃいいというスタンスだ。スイカ割りもそうめん大会も豆まきもバカみたいな規模でやってる。大方慧梨夏と姉ちゃんの所為だろうけどそれに乗る体育会系だ。


「まだ余るなあ。早く食べないと湿気るし俺は少し飽きてきたし」

「あっ」

「カオルどうしたの」

「鳥サブレという単語が呼んだかのように水鈴さんが歩いているなあと思って」


 この向舞祭にスタッフとして出る俺たちインターフェイスの人間だけじゃない。一般公募のボランティアさんからプロの人まで様々。その中にはカオルの部活の先輩で、俺にとっては夏合宿で一緒になった奈々ちゃんの姉ちゃんの水鈴さんもいる。


「水鈴さーん!」

「どうしたのカオルちゃん、元気?」

「俺は元気です。ところで、鳥サブレがあるんですけど食べます?」

「食べる食べるッ!」

「カズ、――だって」

「はー、よかったー。水鈴さん、よかったら奈々ちゃんにもどうぞ」

「ありがとッ! 光洋に行ってきたの?」


 先の事情を説明すればかわいい彼女さんだねと言われたので、誉められたのかどうかはわからないけどとりあえずありがとうございますと言っておく。しかしまだある鳥サブレ。しょうがない。水鈴さんに姉妹分でもう1枚ずつあげよう。


「カズ君そんなにくれるの」

「早く食べないと湿気りますし」

「ありがとねッ! よーし、雄平には鳥サブレ以外の物を買ってきてもらおーッと」

「水鈴さん、越谷さんにお土産お願いしてるんですか」

「雄平ってマメだよね。帰省する度言わないのにお土産くれるじゃん」

「それは俺もよく知ってますけど。萩さんには別に光洋の月を買ってますよね、好物だからって」

「はー、こっしーさんってやっぱ気が回る人なんだなー」

「あそっか。インターフェイスだから雄平のことも知ってるのか」

「カズはミキサーなんでそれなりに話す機会もあったと思いますよ」


 こっしーさんは光洋出身だったなとか、村井さんや麻里さんにイジられて大変そうだったなとかいろんなことを思い出す。ミキサーとしては、真面目でアナさんや周りのことを気遣える人っていう印象。視野が広いと言うか。あと運搬が早くて安定してる。

 その印象を話すと水鈴さんとカオルはうんうんと頷いて、俺にそう見えてたなら良かったと胸をなで下ろす。でも、真面目というのは本当にそう。当時2年の俺にもミキサーの技術的なことを質問してきて、3年になってもまだ上を目指すんだなあって。


「雄平は他の子よりミキサーとしてのキャリアが1年遅れてるし、それでなくても班のプロデューサーが、ねえ。人並み以上の技術も必要になりますよ」


 水鈴さんがチラリと窺うのは、鬼のプロデューサーと呼ばれたその人。


「あっ。察しました。水鈴さん、俺、全てを察しました」

「カズ、何が言いたい」

「べっ、別にカオルが鬼だとかそんなことは! こっしーさんすら扱きに扱きまくったんだろうなあとか想像してない!」

「扱くなんて人聞きが悪い。俺はPとしてミキサーに注文をしていただけだ」


 鬼に迫られて逃げ場がなくなりかけたタイミングで、休憩時間の終わりが告げられる。はー、よかったー。鳥サブレも無事に捌けたしよかったー。俺はPAだしMCさんたちとは別メニューでよかったー。

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