即席野菜即売会

「まさかお盆時なのにいるとは思わなかったわ」

「向舞祭の関係で帰るに帰れないんだ。墓参りとかもそれが終わってゆっくり帰ってからの予定だし」

「そう。あなたも忙しいのね」


 宇部から俺の家近くのカフェに呼び出され、盆時なのにすぐ出て来れることに呆れられる。世間は盆休みだが、向舞祭にそんな事情は関係ない。いや、俺もこれが自分がガッツリ絡むステージなら盆も正月も知ったことではないから理解は出来るけど。


「ところで、本題だけど」

「ああ。野菜の引き取り手を探してるって話だよな」

「私が農学部で、畑を見ていることは知ってるでしょう?」

「そうだな」

「少しの間、同じ研究室の子が持っているプライベート畑の管理を任されているの。自分がいない間に採れた物は私が食べてくれと言い残して帰ったんだけど、それが結構な量で。私も実質的に一人暮らしでしょう。もし良ければと思ったのだけど」


 そう言って宇部は保冷バッグを広げる。中にはトマトやキュウリ、ナスにトウモロコシと言った夏の野菜がぎっしりと詰められていた。もちろんそれ以外にも。確かにこれは実質的一人暮らしでは消費しきれない。


「もらえるなら欲しいけど、俺ももうすぐ帰るからそんなにたくさんは消費できないぞ」

「ええ、あなたが消費出来る範囲でいいの」

「あー、でもこれは定例会のみんなに見せてやりたいなー。何人かは絶対食いついてくるのに」

「……あなたの人脈に賭けるのもアリね」

「呼んでみていいか?」

「どうぞ。実は、この野菜はほんの一部なの。大学に行けばまだあるわ」


 ――というワケで定例会の面々に連絡をしてみた結果、カズと大石が釣れた。よし、この2人なら実質的2人暮らしとリアルガチ2人暮らしだしエリア内の人間だ。俺よりも消費能力が圧倒的に高いはず。それでなくても大石はめっちゃ食うし。

 野菜の直売場のように宇部の広げるそれらを興味深げに見ている主夫たちだ。いい野菜だけど本当にもらっちゃっていいのと恐る恐る宇部に尋ねている。確かに、冷静に考えると余ってるから好きなだけ野菜を持ってけって凄い話だよな。


「わっ、すごい。これってそうめんカボチャだよね? 珍しー」

「あら、知っているの」

「めんつゆで食べたりマヨサラダにして食べるとおいしいんだよね」

「調理法も知っているのね」

「これ、いただきます。あっ、枝豆もいい? おつまみレシピの研究しなきゃ」

「カズ、お前さすがすぎるな」

「枝豆を極めとくと高ピーからのポイントが上がるんだよね」


 珍しい野菜に興奮した様子のカズとは対照的に、普段からよく食べる野菜をこれでもかと袋に詰めるのが大石だ。2人の共通点は、むやみに袋に詰めるのではなく、ちゃんと献立を考えているところ。俺も買い物の時に見習いたい。


「トマトとナスがあればカレーにしても美味しそうだなあ。あっ、キュウリはすぐなくなっちゃうし、いくらあっても足りないよね。わー、カボチャもある! そぼろ煮が食べたいなー! カズ、カボチャ俺がもらって大丈夫?」

「どうぞどうぞ。俺カボチャ苦手だから」

「あ、そうだっけ。じゃあ、いただきまーす」


 あれよあれよと言う間に野菜が捌けていっている。2人を呼ぶ前に俺の必要量を確保しておいて本当によかった。ちなみに俺はさほど調理に手間のかからない……と言うかそのままかじればいいような物を主にもらった。


「すごいわ。まさかこれだけの量が捌けるだなんて。本当に助かったわ」

「助かったのはこっちだよ、ありがとうございます。あっ、カオルも呼んでくれてありがとー」

「うんうん。ありがとうございました」

「と言うか宇部、お前に畑を預けて行った奴は普段どれだけの広さでどれだけの種類を管理してるんだ」

「広さで言えばミーティングルーム4面程かしら。種類となると私にもわからないわ。季節ごとに内容が変わるから」


 秋だったらサツマイモかなとか、サトイモもいいねなどととウキウキした様子でカズと大石は喋っている。2人が大量に確保した野菜はこれからそれぞれの家で自分以外の誰かにも振る舞われることだろう。

 俺はと言えば、調理せずともそのままかじれるトマトやキュウリと言った野菜を主に確保した。こんなとき、この2人や山口のように料理をするという技能があればよかったなあと思ったりもする。そうだ、自炊してみるか。


「宇部、今度から俺は自炊をしようと思う」

「台本執筆が始まるまでしか続かないわよ。部活を引退してからにしたらどうかしら」

「一理ある」

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