土下座の価値は程度が知れる

「高崎ぃー、助けてくれー」

「断る」


 飯野が俺を部屋に招待してきた。相変わらずゲームばかりの部屋で、入手困難になっているという例のハードも当たり前のようにある。曰くそんな物は発売日に入手済みだとのこと。

 さて、どうして俺がここに呼ばれたのかということだ。助けてくれと言われる覚えはひとつしかない。どうせゼミの課題がどうしたとかいう話なのだろう。と言うか、その関係で星ヶ丘のステージも見に行かされた。

 問題は、飯野の課題を手伝ったところで俺にメリットがあるのかという話だ。例えば、課題を手伝えば出席をどうにかしてもらえるとか。俺にメリットがないのに手伝うかと言えば、否。


「そもそも、お前はどうして盆時に実家に帰ってないんだ」

「大祭実行で立て込んでんだよ。つかお前に言われたくねーし」

「俺は稼ぎ時だからな」

「お前いつもそれじゃねーか」

「盆正月にクリスマス、悪天候。その他諸々ピザ屋の繁忙期はいつ発生するかわかったモンじゃねえ」

「あー、最近変な天気多いもんな」

「で? お前の本題はどうした」


 すると飯野は俺の真正面に正座をする。頼み込むときのヤツだろう。予想通り、ガバッと音がしそうな勢いでの土下座だ。しっかりと床にデコがついている。


「この通り! 資料集めを手伝ってくれ!」

「お前の土下座に価値があるとでも思ってんのか」

「あんだとこのやろー!」

「じゃあ、お前は俺に対して頭を下げることに屈辱を感じてんのか」

「全然」

「日常と化したてめェの土下座でどうこうしてやろうっつー気はさらさらねえな」


 もしこれで立場が逆なら俺の受ける屈辱は計り知れない。飯野は土下座という最後の切り札を多用しすぎた結果、その有り難みが完全に薄れてしまっているのだ。俺に何かを頼むなら、俺に対してうま味のある頼み方をしろと。

 世の中ギブ&テイクという宮ちゃんの言葉もある。俺が課題を手伝って飯野の出席をどうこう出来るのは安部ちゃんしかいない。出席の交渉は後日するとして、問題はその他のリターンだ。

 ちなみに、テスト期間に助けてくれと言われた時は大祭実行からの極秘情報を流してもらうことでノートやプリントだのを貸してやった。何かが欲しければ、何らかを寄越すのが普通だろう。


「高崎ぃー、頼むよー」

「参考までに聞く。お前はどこで資料を集めようとしてるんだ」

「ほら、今度向舞祭ってあるじゃんな! あそこに突撃しようと思ってんだ!」

「正気の沙汰じゃねえな」


 飯野は祭をテーマにレポートを書こうとしている。座学よりもフィールドワークの方が向いているのだから、本が読めないなどと喚く前に外に出て動画でも音声でも集めてこいと安部ちゃんからお達しが出ているのだ。

 だが、向舞祭の時に外を出歩くなんて自殺行為だと生粋の星港市民である俺は知っている。出来れば向舞祭当日も普通にバイトをしていたい。行き先が向舞祭と聞いて手伝いたくない気持ちに拍車がかかる。


「高崎ぃー、祭の後でビール奢るからさー」

「グレードは?」

「グレード?」

「缶とか、飲み屋での生とかいろいろあるだろ」

「……飲みに行くか。飲み屋の生2杯でどうだ」

「それにワンフードだ。1日付き合うことになるんだからそれくらいは寄越してもらわねえとな」

「それだけ出させるからにはちゃんとした資料を集めさせろよ」

「あ? てめェが上から言えた立場かよ」

「サーセンした」

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