不死鳥の幻想

「スガノ君、ありがとね」

「いや」


 朝霞クンが熱中症で倒れた。そういうのには誰よりも気をつけていたはずの朝霞クンが。スガノ君から連絡があったときには本当にビックリして。だけど、言われた通りの買い物をして言われた場所に行ったら本当に朝霞クンが倒れてた。

 最初の応急処置はスガノ君がやってくれてた。それに合流してから朝霞クンを病院に連れてって。意識はあったし脳にも異常はなかった。病院で処置を受けた後は家でしばらく休んでてねって現在、ド深夜に至ってる。見方によってはまだ木曜日。


「それにしても異常だ。何なんだあの監視網は。朝霞班はいつもあんな感じなのか」

「そうだね、割といつも」

「おかしいだろどう考えても」

「わざわざ朝霞クンと俺たち班員を引き離すような指示を出してみたりね。まるで誰も見てないところで倒れさせようって風にも見えるよね」

「一歩間違えば殺人じゃないか」

「そうだね」

「いや……洋平、お前全然顔色変えずに言うけど変に慣れすぎてんじゃないのか。怒るだろ普通」


 スガノ君の声が震えている。恐怖なのか、怒りなのか。日高から朝霞班にふっかけられる日常的なムチャは、きっと幹部寄りの菅野班には想像もつかないと思う。だけどこれが俺たちの常なんだ。


「……怒ってるよ、怒ってる。俺たち班員を酷い目に遭わすまいってムチャする朝霞クンに怒ってる」

「そうじゃないだろ、怒る相手が違うだろ」

「もちろん日高にも怒ってるよ。だけど朝霞クンも朝霞クンなんだよ」


 本人が寝てる脇で言うのもおかしいとは思うけど、朝霞クンも朝霞クンなんだ。だだっ広い炎天下に立ち尽くす“仕事”を受けるのに、自分の帽子をゲンゴローに貸してあげちゃったりするし。

 この仕事をさせられる上で、ボディチェックまでされてる。朝霞クンが熱中症の予防のために持ってた物は全部没収されていた。そこまでされても逆らわないのは、朝霞クンが日高に逆らえば俺たち班員がどうなるかわからないから。


「朝霞の致命的な弱点だな、班員を盾に取られると何も出来なくなるのは」

「でもね、何も命まで懸けてくれなんて言わないんだよ俺たちは。だってそうでしょ? Pがいなきゃ俺の存在なんて意味ないんだから」

「洋平、それはさすがに言い過ぎだ。お前の存在にはちゃんと意味がある。だけど、班長としてという面では朝霞の気持ちもわからないでもない。やり過ぎなのは否定しないけど」


 結局、俺はいつだって朝霞クンがボロボロになるまで何も出来ないでいる。今だってそうだ。ステージも大事だけど、それで殺される覚えもない。


「須賀班と魚里班も忙しなく動いてたし、俺は自分が情けなくなった。幹部寄りとか何とかって言われてるけど、俺は今年の部長についてくなんて一言も言ってない。書記という役職を持ってるだけであらゆることを回避出来てるだけなんだ」

「それでも体裁は幹部寄りだし、スガノ君は星羅ちゃんや由宇ちゃんたちが少しでもラクになるようにしてあげて。部長は朝霞班……って言うか朝霞クンしか眼中にないから簡単だと思う」

「それだとお前たちが」

「大丈夫。俺たちは殺したって死なないし、死んでも蘇るから。だって、朝霞班だもん」

「言ってることとやろうとしてることが一致してねーぞ、洋平。いいか、自分たちを犠牲にしようとするのはやめろ。朝霞班だろうと殺されたら死ぬし、死んじまったモンは蘇らないんだぞ」

「一種の例えジャない。大丈夫。俺も朝霞クンも、つばちゃんもゲンゴローもそんなにヤワじゃないから」


 倒れてしまった結果とは言え、朝霞クンがゆっくり休めているという現実に少しほっとしていたりもして。スガノ君はちょっと腑に落ちないっていう顔をしてるけど、“普通”に考えてちゃ生き延びられない世界だから。

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