バイクを盗んで走り出せたら

 あやめから指定された時間、場所に向かうと、少し見ない間にカッコいいことになっていた。燦然と輝く青い機体、そして新品同然のヘルメット。


「あやめ、お前原付買ったのか」

「バイクの免許を取ったんです。なので本当は中型のバイクまでなら乗れるんですけど、維持費とかその他もろもろを考えて原付二種にしました」


 原付二種と言えば、俺の近場なら戸田が乗っている。普通の原付よりもパワーがあるし、二人乗りも出来る。それに段階付き右折もない。二種に乗るとただの原付には乗れないと戸田は言う。

 あやめがバイクの免許を取り、原付を買ったときにはかんなもそれはもう驚いたらしい。ただ生活をするなら部屋の近くで何でも揃うし、足は特別必要になるものでもない。またどうして二輪だったのかと。


「いろんな作品を作るには、行動範囲が広いに越したことはないじゃないですか」

「だよな、お前の思考回路なら」

「小回りも利きますし、ちょっとしたときにサッと行けるのがいいんです。車よりもハードルが低いですしね」


 そんな当たり前のことを聞かないで下さいよ越谷さん。そう言いたげな顔をしてあやめは意気揚々とここ最近撮った写真を見せてくれるのだ。少し前に俺はあやめを女版の朝霞だと例えたけど、最近ではよりその例えが的確すぎて震えるのだ。

 作品制作が好きで、生活をそれ中心にシフトする。アウトプットもするけどその分インプットも激しく、何はともあれ作品なのだ。睡眠時間など惜しくない。自然と周りを巻き込む。そういや、本家は生きてんのかね。


「でも、下手に足があるのも大変なんですよ越谷さん聞いて下さいよ」

「どうしたんだ」

「かんながちょっとしたことで私をパシるんですよ。コンビニ行って来いとか延滞になりそうなDVD返して来いとか」

「ははっ、それは大変だったな」

「それに、私が原付を買ったって話を萩さんにしたみたいなんですよかんなが」

「ほう」

「そしたらあやめさんは行動的でいいなみたいなことを萩さんが言ったみたくてかんなに八つ当たりされて。知らないよそんなことって思って。恋愛中心になって作品作れてないのは自分じゃん! 的な」

「そりゃそうだよな、知ったこっちゃないよな。実際裕貴ってステージに熱い奴が好きだし、いろんな作品作るために原付買ったとか言ったら余計感動するだろうな」


 どうやら裕貴とかんなの恋愛の方も順調らしい。あやめが原付を買ったのもこのカップルのいちゃいちゃから逃げ回るという意味合いもあるとかないとか。内緒ですよ、と強く念を押されているけれども。


「あ。作品と言えば。あやめ、お前水鈴にまた何か渡したか?」

「あ、見ました? よく撮れてますよねあれ。自信作なんですよ」


 裕貴とかんなを尾行するつもりがすっかり自分たちが楽しんでしまった七夕祭り。そこで水鈴といた現場をあやめがしっかりと撮影しやがってくれていたのだ。それも、よりによって腕を組むのか組まないのかという瞬間を、夜店を背景に。


「まあ、写真として見ればいい写真だと思う」

「ですよね! 萩さんも誉めてくれたんですよ」

「あ、裕貴にも見せたんだな」

「越谷さんと水鈴さんは早く付き合えばいいのにって言ってました」

「ねーし。あ、それとその写真、間違ってもインターフェイスっつーか圭斗には」

「見せちゃいました。いいのが撮れたら見せびらかしたくなるんですよ」

「うわっ、終わった」


 軽く絶望を覚えながら、この世の果てまで逃げ出したい気持ちに駆られる。原付を奪ってどこまでも。いや、俺には車があるんだけど。


「俺のこのずたぼろの心は誰に慰めてもらえばいいんだろう」

「水鈴さんじゃないですか?」

「ねーし」

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