2人の夜の過ごし方

「聞ーてくださいよ越谷さん! 酷い話じゃないですか!?」

「確かに酷い話だとは思う」

「あやめちゃんドンマイ…!」


 昨日、突然あやめが俺に泣きついてきた。明日の夜は行くところがないんだと。何があったのかと訊ねると、明日は裕貴の誕生日でかんなにはデートの予定があるということだった。

 付き合ってひと月程になるだろう2人だ。デートの報告を受けたりかんなを部屋まで送り届ける裕貴を見ていて、あやめもいろいろ察してくる頃合い。部屋が分かれているとは言え、壁は薄い。気を遣ったと言うか、今日の自主避難でもあった。


「変に真面目とは言え裕貴も男だからねー、可能性はあるある」

「ん、その状況だと間違いなく一夜を明かすことにはなるだろうからね。あやめの自主避難は賢明な判断だったと思うよ」

「……水鈴がいるのはわかる。で、どうしてお前がいるのか説明してもらおうか、圭斗」

「厭ですね越谷さん、僕はインターフェイスで出会ったあやめの先輩ですよ。別にムラマリさんの指示で越谷さんの周りを張ってるワケじゃないですよぉ~」

「所詮お前は鉄砲玉か」

「お麻里様に逆らうと死にますからね」


 そう、水鈴がいるのはわかる。俺と裕貴の共通の友人だし、あやめは水鈴に懐いている。曰く大人のお姉さんなんだそうだ。ただ、圭斗という謎だ。インターフェイスの夏合宿で同じ班になったとか、出来過ぎじゃねーか。


「付き合ってひと月。それまでにデートは重ねていて? 彼女は親元を離れている。これだけ条件が揃っていたら僕なら間違いなく行動に出ますね」

「かんなはオトナになってしまうワケですね」

「ん、あやめにはいい人はいないのかい?」

「恋愛よりも作品制作の方が楽しいです」

「圭斗、あやめに聞くだけ無駄だぞ。程度はライトだけどあやめは女版の朝霞だ」

「あ、その例え的確。さすが雄平」


 得てして、他人の浮いた話は下世話な妄想に突飛しやすい。自分が標的でないならなおさら無責任に話を広げられてしまう。それでなくても話を奥の方に持って行く圭斗がいる。図らずも部屋の中はそういうムードになっていく。

 あやめはかんなを心配しつつも、姉の幸せを願っている。それでも自分が勝手にしたこととは言え、気を遣って避難して来なければならないという状況に少し怒ってもいて、複雑な感情が渦巻いているようだった。


「今までもぶっちゃけいちゃついてる声は聞こえてたんですよ。作品作ってるとヘッドホンしますし、集中もしてるんでガン無視出来るんですけど」

「同居の辛いところだね」

「でも、さすがにそろそろ物理的に結ばれるのかなっていうタイミングで家にはいられなかったですよ」

「あやめちゃん、今度裕貴に謝らせるからご飯食べに行こう!」

「だな。アイツがお前の優しさに甘えすぎてる。裕貴が悪い」

「うう……越谷さんも水鈴さんもすみません、私のことで」

「気にすんなこれくらい」

「うんうん、そうだよッ! アタシと雄平がいるからねッ! 安心してねあやめちゃんッ!」


 こうしているのを見ると、なんだかんだ水鈴も妹のいる姉貴なんだなと思う。奈々ちゃんに対しては多少おっかないし理不尽な姉という点も見えるけど、面倒見はやっぱり光るものがあるように思う。


「こうしているのを見ると、越谷さんと水鈴さんも先輩カップルの貫禄ですよね」

「はあ!? ふざけんな圭斗」

「そーでしょ圭斗クンッ! アタシと雄平、お似合いでしょ!?」

「お似合いです」

「です」

「あやめ、どうしよう。もしかして僕たちは2人の邪魔をしてしまっているんじゃ」

「はっ…! 本当です!」

「えーと、この展開だとアタシ、脱いだらいいかな」

「脱ぐな! あと脱がそうとすんな! つかあやめお前は何どさくさでカメラ構えてんだ!」

「猛々しい男性としなやかな女性の絡みは撮ってみたいテーマだったんです」

「ん、作品制作が始まるのかな? アートなら仕方ないね」


 結局、夜通しそんなことをしていたというバカバカしさだ。ムードもヘチマもありゃしない。圭斗もマーと麻里に渡すネタになるようなものは一切得られなかっただろう。ざまあみろ。

 朝日が昇った頃にはすっかり裕貴とかんなのことなんか忘れてたんだから、学生のハチャメチャなノリ万歳ってヤツだよ。何の解決にもなってないかもしれないけど、あやめが少しでも楽になったならいいとしよう。

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