the window to the soul

 こういうのは、確か一昔か二昔ほど前のクイズ番組で見たことがあるような気がする。大きくバツ印が書かれたマスクをした菜月先輩の、今日は喋りませんという意志表示。尤も、クイズ番組の場合は回答権がないことを意味するのだけれども。

 そして、無言のまま席に座った菜月先輩がいつもの通学用ファイルケースから取り出したのはスケッチブックと油性ペン。もしかして、今日は筆談をされるのか? と言うか、そんな状態なら無理して出てこなくても。


「菜月先輩、お体の具合はいかがですか」

『まあまあ』

「峠を過ぎたのなら安心しましたが、まだ寝ていた方がよろしいのでは」

『ひま』

「はあ」


 まるでどこぞのマスコットを見ているようだ。いや、最近はゆるキャラでもよく喋るヤツがいたりする中で筆談か。まあ、お声が聞けないのは残念だけど、寝込むほどの風邪だったワケだし、少しでも良くなったことを良しとしなければ。


「ん、おはよう」

「圭斗先輩おはようございます!」

「あれ、菜月。随分な出で立ちだね」

『おきになさらず』


 すると、菜月先輩はおもむろに手提げ紙袋の中からタッパーのようなものを取り出したのだ。パカッと蓋が開くと、中には魅惑の白いクリームが。こ、これは……伝説の…! 菜月先輩の菜月先輩による菜月先輩のための生クリームじゃないか!


「菜月、これは?」

『ごはん』

「これがかい?」

『たべやすい』

「とは言えもっと栄養のあるものを食べたらどうかな」


 バツ印のマスクを顎の方にずり下げ、ご丁寧にも持参したスプーンでそのクリームを食する菜月先輩のお顔と言ったら。ああ、羨ましい。菜月先輩の作る生クリームはこれ以上ないほど美味しいんだ。


「ん。野坂、羨ましいという顔をしているよ」

「ええ。菜月先輩の生クリームですから、マズい理由がありません」

「しかし、生クリームを作るのはハンドミキサーがなければ相当な体力を使うと思うけど、まさかこれを自分で?」

『つくりました』

「すっかり元気じゃないか」


 フフン、という菜月先輩のドヤ顔だ。確かにすっかり元気なようにも見えてしまうのだからナンダカナーである。ただ、あくまで本調子でないことに変わりはないので極力喉を酷使しないよう、喋らないようにしているのだと。


『もうすこしげんきになったら』

「うん」

『ラーメンか』

「うん」

『バケツプリンのリベンジ』

「――を、したいのかい?」


 スプーンをくわえてこくこくと頷く菜月先輩が可愛らしすぎて…! ちきしょう殺す気か! 喋らなくたって一挙手一投足の全てが! 菜月先輩がとにかく愛らしくて、何かもう語彙力がどっか行きますよね!


「おはよーございます」

「やあ、ヒロ」

「あっ、菜月先輩来とったんですね。もうええんですか」

『すこし』

「これ、差し入れです」


 ヒロが菜月先輩に差し出したのは、ケーキ屋のような雰囲気を感じる紙の箱。菜月先輩に手を取られて箱の側面に触れると、中にはご丁寧に保冷剤まで入っているような冷たさ。まさか、なま物か?


「プリンじゃないか! ヒロめ、抜け駆けしやがって!」

「ヒロ、どうしたんだい?」

「お見舞いです。ボク途中で電車降りて買ってきたんですよ。前に山口先輩に教えてもらったんですけど、覚えとってよかったです」


 菜月先輩は目を輝かせながらプリンの蓋を開けた。そして、スプーンで掬ったそれをおもむろに口へ運ぶ。するとどうだ。目が、表情が、声にならなくても「うまー」と言っているのがわかるじゃないか。

 プリンと生クリームを一通り食べ終えた菜月先輩は、バツ印の書かれたマスクを上に上げた。今日は大人しくしています、と掲げて。時折小さな咳が混ざるけど、それでも前よりは本当に良くなっていて嬉しいことこの上ない。


「菜月先輩、月曜日までには元のようになりそうですか?」

『がんばります』

「無理はなさらないでくださいね」

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