母の居ぬ日に
「おはよーございまーす。あれっ、いっちー先輩来てないんですか?」
「ああ、伊東はデート休みだ」
「デート休みっていうのがまた斬新ですよねー」
「まあ、誕生日だしな」
MBCCでは誰かの誕生日になるとそれを口実に無制限飲みをやることが多い。だからサークルによく来るメンバーの誕生日は大体いつ頃かなってわかるんだけど、いっちー先輩に関しては例外で。
まず、いっちー先輩の誕生日に最優先されるのは彼女さん。普段から放置プレイを食らってたりすることはサークルでもよく言われること。誕生日くらいは彼女さんとゆっくり過ごさせてあげたいとみんな思うくらいには悲惨なこともある。
それと、もうひとつ絡んでくるのは育ちゃん先輩の誕生日。実はいっちー先輩と1日違いの昨日がそう。いつも2人まとめてお祝いするんだけど、育ちゃん先輩と犬猿の仲の高ピー先輩は完全にスルー。それで例年6月はミキサー飲みになってるとか。
「それに今はストレスもマックスだろうから、たまにはいいんじゃねえか」
「ですよねー」
今週末に初心者講習会を控え、サークルの中も自然とその話題が大きくなってくる。ミキサー講師をお願いしているいっちー先輩にも当然その話をするけれど、対策委員としてやっぱりどこか申し訳なさが先に来る。
向島の三井サンの件でいっちー先輩にもいろいろ迷惑がかかってる。幸いって言ったらおかしいけど、いっちー先輩に送られてきたのは高ピー先輩やヒビキ先輩みたく講師を引けという内容のメールではなく、講習内容に指図をする程度の物で。
あの人の言うことを気にしないで準備を進めてくれている、とは思うんだけど、やっぱりピリピリしてる感じだし。って言うかデート休みを高ピー先輩がすんなり認めるところが恐怖を煽る。いっちー先輩の状態は決して良くないって言ってるみたいで。
「つーか、俺が行ってこいっつったんだけどな」
「えっ、そうなんですか」
「今はよっぽど急ぎの仕事もねえし、俺がいればどうにでもなる。それに、お前んトコに悪い知らせが来ないとも限らねえだろ」
「あー……それもそうですね」
「受けるストレスを少しでも減らして、かつ今まで溜まってるモンを少しでも減らせりゃな」
いっちー先輩のデート休みは高ピー先輩なりの気遣い、なのかな。付き合いが長いだけあるなあと思う。それに、彼女さんのことも知ってるから出来ることなのかもしれない。って言うか、そういう優しい面も知らないでよくあの人はあんだけボロクソに言うよね!
悪い知らせとはいつだって戦っている。今は初心者講習会直前で会議の回数も増えてるけど、その度に今度は何があるんだろうってげんなりしてるから。何もなければ「はーよかったー」で済むけどまたすぐ次がある。
「いっちー先輩楽しんでますかねー」
「どこに行くか決まってないとは聞いたけどな」
「あっ、外なんですね」
「誕生日とかイベントは外に出るのがアイツらのルールだ。なんでも、そうでもしねえと外に出ることがなくなるとかなんとかって」
「ちょっと、さすがすぎますよねー」
「さて。それじゃあこれからお前は練習だな」
「はーい」
外のことは気にせずやれることをやれる範囲でやるだけ。初心者講習会までもう日はない。足りない実力をどこまで補えるか。本当はアタシが出るような事態にならないのが理想だけど、備えは必要だから。
「あれっ。そう言えば高ピー先輩、アタシ気付いちゃったんですけど」
「何だ」
「仮にアタシが番組をやることになったとします。そしたら相手のミキサーって」
「……まあ、この場合は伊東、なんだろうな」
「えー! ちょっとー! 話通してないですよー! って言うかあの人の連れて来た講師を降ろすことになった場合の見本番組のこと考えるの忘れてました今の今まで!」
「バカか! ったく」
や、やれる範囲でやるだけですからー! えーっとその辺のことは明日の会議の時にでも相談してみよう、そうしよう!
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