What do you want?

 ノサカは、超が付くくらいのクソマジメだ。だから、対策委員をやっているうちに1回は対策病をやらかすとわかっていたけど、ここまで期待を裏切らないなんて。

 対策病というのは対策委員が患う気持ちの病の俗称だ。憂鬱になったり、怒りっぽくなったり。要は対策委員の活動でかかるストレスとかが原因になっていて、うちも去年しっかりと通っている。


「ノサカ、大丈夫ではなさそうだな」

「いえ、そのようなことは。至極元気です」


 今日は初心者講習会から数えてちょうど1週間前の6月3日。土曜日は昼放送の収録でノサカと2人になる。対策委員のことや、ノサカ本人のことを聞き出すなら今だろう。

 三井が暴走しているという話は方々から聞いている。緑ヶ丘への不法侵入の件で連絡を取り合っていた高崎からも。村井サンからもそれとなくノサカを見といてくれと言われている。


「番組の準備も万端ですし、今日は5分しか遅れなかったという奇跡が起きています。これは、風が俺に吹いているということの何よりの証です」


 超が付くくらいのクソネガティブが、無理に前向きになろうとしている。確かに、5分しか遅れて来なかったというのは期待を裏切られているわけだけれども(もちろんいい意味でだ)。

 うちの気持ちの上でのコンディションもすこぶる良く、番組の収録が終わったのは午後3時過ぎ。時間はまだまだある。適当な理由を付けてノサカと話すには十分すぎる。


「そうだノサカ。次の収録日を決めないと。来週の土曜は初心者講習会じゃないか」

「あっ、そうですね。それでは、ファンフェスの時と同じく翌月曜日でいかがでしょうか」

「わかった。そのように準備しとく。……それで、どうなんだ、対策委員は。単刀直入に聞くけど、本当はどうしたいんだ」

「それは、どういう」

「対策委員として、初心者講習会をお前はどうしたいんだ」

「それは……しかし」

「安心しろ。ここにはうちしかいないし、それを聞いたからって誰かに話すこともしない。圭斗にも、高崎にも言わない。三井にもだ。……けほっけほっ。失礼。対策委員全体の方針でも、お前個人の思いでもいい。お前は、どうしたい」


 訊ねてすぐに言葉は出ない。だけど、ノサカの目が全てを物語っている気がする。対策委員とか初心者講習会という単語を振ると死んだような目をしていたのに、お前はどうしたいんだと訊ねると、その目に力が戻って来る。


「俺は……」

「うん」

「……俺は…! みんなで決めたように、3年生の先輩方から…! 今の、インターフェイスに、沿った講習を……先輩方の知見や、経験を、伝えてもらって……それで、手の届く、近いところにいる、先輩だからこそ……」


 震えた声はもちろんのこと、体は強張り、涙が出るほど悔しい思いに駆られている。そんな感じだ。自分の思いを誰にも言えず、会議の場では三井が対策委員の方針を封殺する。それに耐え続けて、限界寸前だったのだろう。


「ノサカ、顔を上げてくれ」


 俯いたまま、震えた声で首を横に振るのだ。うちはそんなノサカの背中をさすり、落ち着くのをただただ待った。

 三井の暴走を止めなければならなかったのは、三井に最も近く、かつ対策委員の議長だったうちだ。今の2年生に口出しは出来ないって一歩引いて見てたつもりが、いつの間にか距離を取り過ぎていた。


「あと1週間……いや、その後でも。何かあったら言ってくれ。出来る限り力になる。もちろん、お前たちがどうしたいか、それと参加してくれる人が一番大事だ。うちのことは最も弱い手札くらいに思っておいてくれ」

「……大貧民で言うところの、スペードの3、ですね。ジョーカーに勝てる唯一の。これ以上はありません…!」


 ノサカはやっと笑顔を見せた。涙でぐずぐずだし、鼻もまだちょっと詰まったような声。ただ、少し吹っ切れた、そんなようにも見える。

 本人が言うところによれば、涙が溢れてしまったのは悔しかったのもあるけど、嬉しかったという方が大きかったらしい。


「嬉しい?」

「はい。「お前はどうしたい」と聞かれたことが。菜月先輩からは番組をやる際にいつも聞かれていることではありますが、改めて聞かれると、こう、感極まって」

「三井はツメが甘いから絶対どこかでやらかす。アイツの事は信用せずに自分たちの出来ることをやってくれ。今となってはその程度のことしか言えないのが申し訳ない」

「いえ、ありがとうございます」

「時間はまだたっぷりあるし、甘い物でも食べに行くか」

「はい、喜んで」

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