欲望と世界征服

「俺はさあ、早いとこ砂漠に吸水性ポリマー埋めて砂漠の緑化活動を推進すべきだと思うんだよ」

「突然どうしたのカズ」

「伊東がこんだけガチな憎悪に満ちた顔してるからにはアレだろ。花粉がどうしたとかそんなようなことだろ」


 宮ちゃんにノートを集られているところに伊東がふらりとやってきて、なになに何してんのーと相席したまではよかった。何がどうなって砂漠の緑化活動の話にまで飛躍しているのかと言えば、アレだ。


「花粉もそうなんだけど、黄砂がヤバいじゃんな。高ピーもわかるっしょ? 黄砂飛んでくるぞーってなったら洗濯物外で干せないし、バイク汚れるし」

「ああ、まあな。つかそれで砂漠の緑化活動とか言ってんのか」

「洗濯物が外で干せないって大変じゃん! 部屋干しの技術がいくら進んでもやっぱり俺は洗濯物を太陽の下で干したいんだ! 洗濯はスピードが命!」

「きゃーカズすてきー」

「確かに、俺もいくら機械が発達してたとしても布団は日光に当ててえ」

「でしょ? でも人の手で偏西風を止めることは出来ないから、せめて砂を防ぐ努力をすべきなんだって」


 いつの間にか伊東は家事に精を出すようになっていた。知り合った高校の頃はそんなオカンオカンしてなかったはずだから、やっぱり一人暮らしを始めて宮ちゃんの世話をするようになってからだろう。

 ただ、冬の日光は弱いし春は花粉が飛ぶ。それが過ぎれば梅雨と、外で洗濯物を思い切り干すには障害もなかなか少なくない。4月から5月がピークと言われる黄砂にしてもそうだ。

 黄砂は大気中の有害物質をくっつけて飛んでくるという風にも言うし、その対策の必要性は季節が来る度叫ばれる。伊東の部屋の空気清浄機(学生の一人暮らしで使うレベルのヤツじゃない)であれば余裕だろうが。

 余談だが、伊東は家電に金を出すことを厭わない。多機能のオーブンレンジや洗濯機。サッカーを見るためだけにいいテレビを採用したり。とにかく、グレードが学生の一人暮らしじゃねえ(元々そこそこのボンボンだが家電は自分の金で買ってる)。


「洗濯用洗剤も部屋干しに特化したりして最近のは凄いよ? セキュリティーやプライバシーの問題上、部屋干しの方がいいこともある。だけど俺は外で干したい!」

「宮ちゃん、旦那のこだわりが強すぎて出る幕ねえな」

「うちが出ると大変なことになるし、適材適所で良かったよね」

「違いねえな」

「砂漠の多い地方じゃスイカとか梨が超人気って言うじゃんなー」

「うちの中では砂漠って大体2面だね」

「ゲームの話な」


 しかしまあ、伊東の洗濯にかける情念はお熱いことで。ただ、これが布団の話になると伊東の気持ちも理解出来てしまうから、はいそうですかと切り捨てることも出来ないでいる。お前が言うなと言われるのがわかりきっているからだ。

 だからと言って俺は砂漠の緑化活動にまで発想が飛躍しない。原因を突き詰めて元を絶てとは言っても砂漠に手は届かないから、せめてもの対策をするくらいだ。何なんだよ、砂漠に吸水性ポリマー埋めろとか。話がデカすぎるだろ。


「俺が魔王とかになって世界を征服したら、まずは砂漠に木植えて、安定的に雨の降る気候に変える」

「思いっきり洗濯をしたいがために世界を征服する魔王とか」

「伊東、ついでに温暖化の対策もしといてくれ。あと夏の酷暑と。あ、でもビール飲むのに美味いくらいにはしといてくれ。そうだな、30度ってトコか」

「オッケーオッケー、30度ね。そしたら南極や北極圏の氷も復活させたいね。海水温が高くなり過ぎるといろいろ大変だし」


 出来もしない世界制服の夢は広がる。元はと言えば何にも邪魔されずに洗濯がしたいというだけの話だったはずが。梅雨が来ればまた部屋干しの日々が始まる。空梅雨になれば、それはそれで心配事も増えるのだ。水不足とか。

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