家主とお客さん

 今日は、初めて大学の同級生を部屋に招く日。昨日のうちから片付けを頑張ったし、あんまり粗探しをされると困るけど、ただ座っている分にはまあいられる部屋になっていると思いたい。

 俺の住むマンションは星港市の郊外にあって、緑ヶ丘大学までは地下鉄とバスを乗り継いで片道45分かかる。1人暮らしをするなら高崎先輩みたいに大学近くに住む人の方が多いだろう。

 だけど、俺には先輩たちやハナちゃんのような足がない。精々自転車。免許もない。大学近くは店も少なくて、足がなくちゃ生活するには厳しい。だから自転車である程度生活できる場所を選んだ。

 だからなのか、大学で友達は出来たけど、俺の部屋に人を招くことはあまりなかった。MBCCの先輩たちは遊びに来たかな。だけど、やっぱり45分はちょっと遊びに行く距離としては面倒らしい。


「高木、お前のマンションどこなんだっていう」

「ここだよ」

「俺が想像してた学生の1人暮らしじゃないっていう……」

「今開けるね」

「オートロックとか」


 今日俺の部屋に来ることになっていたのは、同じMBCCの中津川栄治君。彼はアナウンサーだ。だけど、つい最近までほとんど喋らなかったし互いに目を合わせることもなかったし、なんなら嫌い合ってたくらい。

 ブリーチをしてあるのか、明るい色の短髪にキャップかサンバイザー。やんちゃという一言で言えればいいけど、先輩への態度はちょっと生意気に映る。チャラそうな雰囲気で、出来れば関わりたくないタイプで。

 彼の方も、俺の事をクソマジメなクソメガネ、それでもって愛想も悪くて澄ました奴だと思っていたようだし、その点に関してはおあいこ。先輩たちも俺たちのことで苦労をしていたと最近になって知る。


「お邪魔しまーす」

「どうぞ」

「あっそうだ、これ差し入れだべ。後で食ってくれ」

「えっ、いいの? ありがとう」

「1人暮らしの奴の部屋に行くときは何か持ってくのが常識だっていう」

「そんな常識初めて聞いたけど、ありがとう」


 チャラそうでやんちゃには見えるけど、実際は結構生真面目なところがあるらしい。そう言えば、サークル室でもやたら絨毯にコロコロをかけてるんだ。


「おー、これがお前のギターか!」

「そうだよ」

「見ていいか?」

「どうぞ。今くらいの時間なら軽く弾いてもらっても多分大丈夫」


 俺たちを結び付けたのはギターという共通の趣味。好きな音楽のジャンルや持っているギターの種類こそ違うけど、放送サークルという狭い世界だ。同じ楽器を触る趣味があるということで互いが少し気になり始めたのは事実。

 中津川君は左利き。自分のギターはレフティらしいけど、右利き仕様の俺のギターも手が迷子になっていない。俺は少し触るくらいだけど、中津川君はバンドでギターボーカルをやっていたらしい。その賜物か。


「つかお前の部屋、何か違和感あると思ったら机がないんだべ」

「えっ、机ならそこにあるでしょ?」

「それはパソコンデスクだっていう。俺はこたつ机とかちゃぶ台とか、ああいうヤツのことを言ってんだべ」

「ああ、ごはんもデスクで食べればいいかなって」

「お前、さてはネサフしながら飯食ってんじゃないだろうな」

「えっ、しない?」

「飯食うときは飯に集中しろ。ネサフしながらとか行儀悪いべ。姿勢も悪くなるしパソコンも汚れるしいいことないっていう」

「何か、中津川君て躾に厳しい家のお母さんみたい」

「俺はお前が意外にボケボケしてるっつー発見をして、いっそ躾をしてやろうかとも思い始めてる」


 とは言え、今日の夕飯は外に何か食べに行くことに決めているし、外ならネサフをしながらごはんを食べるということも(誰かといるときは)しないから大丈夫だろうと思う。

 互いに一歩踏み込んでみて、サークル室にいただけでは見えなかったことが分かり始める。中津川君は意外に真面目で礼節を大切にするようだし、彼から見た俺もきっとお澄ましとは少し違う印象になっているだろう。それがいいか悪いかは措いといて。


「そうだ、コーヒー飲む?」

「じゃ、いただくべ」

「ちょっと待ってて」

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