Servant of Darkness

 ああ、菜月先輩がうずうずしている。ダーツの矢を構えたまではいい。問題は、矢の先がダーツの的ではなく三井先輩に向いているところだ。一応矢先が顔面などに向いてないところが救いだけど、それでも矢を人に向けるのはどうかと。

 今日は急遽MMPのカレーパーティーが開かれている。菜月先輩お手製のカレーは野菜の甘みや旨みが絶妙に染み出ていてご飯がどれだけあっても足りない。キーマカレーにも雰囲気の似た、具の細かい挽き肉カレーだ。

 カレーなんだけど肉じゃがにも似た雰囲気がある。菜月先輩曰く、顆粒だしを入れているのがそれに繋がっているのではないか、とのこと。他にも隠し味としてヨーグルトやチョコレートなどが入っているという。

 ただ、どうしてこのカレーパーティーが行われているのか、という事情だ。実は25日が三井先輩の誕生日なのだ。それを本人が猛烈にアピールした結果、圭斗先輩と菜月先輩が急遽用意してくださったのだ。

 三井先輩は他の人の誕生日も祝ってくれる。誕生日がどうしたというスタンスのMMPにも関わらず、贈り物までつけてくれる。純粋な善意ならまだいい。問題はそれに対する見返りを求めるところで、猛烈なアピールもつまりはそういうこと。


「菜月先輩、それはいかがなものかと」

「あそこに刺さればマイナス20点だ」

「マイナスですか」

「負の力を増幅させて全てを闇の中へ」

「早まるのはやめてください!」

「このカレーはうちのなけなしの食糧なんだぞ。しかもバケツプリンまでとられた。冷蔵庫の中はすっからかんだ。うちは明日から何を食べて生きていけばいいんだ」


 急遽行われたカレーパーティーの裏で犠牲になっていたのは菜月先輩なのだ。菜月先輩から会費が取られなかったのは、二日目のカレーとケーキ枠で3リットルのバケツプリンが徴収されていたからなのだ。

 ちなみに、3リットルのバケツプリンを冷やすにはそれ相応のスペースが必要になる。冷蔵庫の中の状況はお察し。それでなくても菜月先輩の食生活は偏っている。このバケツプリンで3~4日はやれる計算でいただろう。


「挙げ句! この男は! 「僕、生クリーム好きじゃないんだよねー」と無駄にしやがった! こんな愚行が許されるか!? うちのうちによる、うちのための生クリームが! こんな男のために!」

「俺は非常においしくいただきました」

「お前はある程度理解があるからいい。大体、圭斗も圭斗なんだ!」


 その圭斗先輩は台所で洗い物をしている最中で、現在部屋に起こっている不穏な事態は目に入っていないだろう。ちなみにダーツの矢と的は圭斗先輩の私物だ。さすが圭斗先輩、部屋のインテリアまでおしゃれだぜ!

 せっかくお部屋にジブリのDVDを流してくださっているというのに内容が全く入ってこないぜ! それくらい菜月先輩が不穏なんだ! ただ、心の奥底ではやってしまえと思ってしまっている自分もいて、うわあああって。

 天使の俺は「あれでも一応先輩だし危ないから止めろ」って言ってるけど、悪魔の俺が「ヒドい目に遭ってしまえばいい、それを笑いたい」と言っていてだな。菜月先輩の左手がどう動くのかをそわそわして見守る以外に出来ず。


「そーれっ」

「うわああっ!」


 思わず、手が出ていた。だって本当に刺さったら危ないじゃないか。緩く振りかぶった菜月先輩の左手に重なる自分の右手。咄嗟だったけど、えーと……事の重大さに気付いてきたぞ…!

 想像以上に菜月先輩の手は小さいし、細いし、何より白いお肌がすべすべで! 三井先輩とかどうでもいいですよね! あっヤバイこれ手洗えない。ってそうじゃない、えーと、離れてください俺の右手。

 天使の俺は「矢を止められたんだから役割は終わりだ」って言ってるし、悪魔の俺は「欲求に忠実になれよ」って言ってるし。とりあえず、空いている左手で矢を回収しよう。


「何をするんだノサカ!」

「菜月先輩が闇堕ちするのを阻止しました。それに圭斗先輩の私物ですし」

「ん、僕の私物がどうかしたかな? 何かあったならそれ相応の賠償が」

「何でもありませんヨー」

「気の所為じゃないカナー」


 セ、セーフ…!

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