それで、何を成し遂げる

 ステージ上では、MCの沙都子が小さい子供に向けてこんにちはーと挨拶をしている。それについて子供の声がこーんにーちはーといくつも重なり、結構なデシベルになっているだろう。

 定例会で顔を合わせる直から、よかったら植物園でのステージを見に来て欲しいと言われて現在に至る。一人で行くのもなーと思っていろいろ声をかけたけど、みんな忙しいらしく。まあ、土曜の日中なんてバイトしてる奴の方が多いか。

 青女の植物園ステージは2年生が主体になって行われるらしい。進級する前から準備をしているし、同じように俺たちがやれと言われれば難しいだろう。だから青女のそれは純粋に凄いと思う。


「それじゃあみんなー、さとこおねえさんに、続いてねー」

「はーい!」


 ステージひとつやるにしても、ターゲットはどこで、どういう内容でやるのかということを絞らないと人は立ち寄ってくれないだろう。こうやって子供とその保護者がわらわらと集まっているのは当たり前じゃないんだと。

 それというのもファンフェスをやって何となく思ったことだ。公開でやるならターゲット層を絞らないとなと。時間帯に沿ったトークやBGMにと気をつけていても、“広く一般に”とはなかなか染み渡らない。

 そういうところでなっち先輩はやっぱ上手いなーって思った。なっち先輩がトークしてるときは心なしか近くのブースで買い物してった人がそのまま少し聞いてってくれてたし。何かしらの力があるんだ、やっぱり。


「お」


 ひらひらと、着ぐるみがこちらに手を振ってくる。俺は同じように手を振り挨拶を返す。ガラス張りの植物園で、木々が茂る空間ではある。だけど強い日光は絶えず降り注ぐ。着ぐるみという仕事はとてもハードだろう。

 その着ぐるみが、俺をここに呼んだ直だ。植物園ステージが始まった頃からの伝統だそうで、青女比で体力のある直がこの仕事を引き受けている。子供向けイベントということで、着ぐるみがあった方が取っつきやすいだろうという事情だ。

 しばらくステージを見ていると、“さとこおねえさん”の歌と一緒に着ぐるみは壇上で踊っていたりするし、子供の相手をしたりとかなり忙しい。休む間もないし、中は蒸し風呂状態であることは想像に難くない。絶対しんどい。

 絶対しんどいのに、直は自分が着ぐるみであることでミキサーを福島先輩に全部任せることになるのが心苦しいと言っていたのだ。いっそ着ぐるみを着てミキサーをやればシュールでいいと思ったけど、俺がやれと言われても多分出来ない。

 ただ、仮にこのステージがMBCCで行っている物だとすればカズ先輩が絶対に「やれ」と言ってくるという想像は容易だ。ミキサーは実戦で鍛えるとか何とかいう、咲良さんから受け継がれるMBCC訓だ。


「直、お疲れ」

「L、来てくれてありがとう」

「あの、今そこで買ったヤツだけど。これ、差し入れ」

「そんな、悪いよ」

「休みなく着ぐるみで動いてたんだ。水分は必須だろ」

「ありがとう」


 ステージが終わって、着ぐるみの頭を脱いだ直と話す時間がとれた。差し入れはスポーツドリンク。相当ハードだったのだろう。髪が汗で張り付いている。確かに、これは直の性格だったら絶対に引き受けるヤツだなとわかる。


「ステージはどうだった?」

「Eテレ見てるみたいだった。沙都子の歌のお姉さんがすげーハマってて」

「沙都子は子供たちから人気なんだよ。きっと優しいからだね」

「何かわかる。って言うかあれ、大道具とか衣装も全部自分たちでやってんだよな」

「衣装は沙都子が作ってくれて、ボクは大道具を中心にやってたかな。ステージの台本は啓子が頑張ってくれて」

「すげーな青女は。俺らも負けてらんねーけど、公開の機会ってないもんなあ。コンテストに出すくらいで」

「緑ヶ丘は確固たるって感じで凄いよ」

「それは先輩たちであって、俺らが何を出来るかって話な。まあ、今のうちに考えといて、その時に備えとけってことかな」


 普段何気なく話してる友達がこんな風に凄い物を作り上げてしまうということに衝撃を受けた。凄いなって思ったけど、現時点で自分たちは無力であるということも思い知らされて。要は、ここから何が出来るかだ。


「はー、お腹空いた。L、ご飯食べに行かない?」

「青女で打ち上げとかしないのか?」

「それは後日女子会プランでやることになってるんだ」

「あ、そうなのか。じゃあ行くか」

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