慌しささえ平穏

「地ー味ー!」

「ワガママ言わないのサドニナ!」

「2年生以上の先輩たちはそれぞれデザインが違うのに1年は地味ー!」


 植物園ステージに向けて準備は着々と進んでる。さとちゃんが作ってくれてる衣装もどんどん上がってきていて、それを試着すればみんなモチベーションが高まってくる。もうすぐだし、スパートをかけていかなきゃ。

 1年生も大車輪。大きなうさ耳リボンが目を引く黒髪ロングのイケイケな子がサドニナこと佐渡仁那にいな。頭につけた羽飾りに、ゆるふわなファッションなのがユキちゃんこと上野美雪。そして、この2人と比較すると落ち着いた風貌なのがミラこと新庄美咲。

 今日はさとちゃんが1年生の衣装を持ってきてくれた。1年生は細かく希望を取れなかったという事情でみんな同じデザイン。これにわあわあと言うサドニナに対してKちゃんがすっかり保護者になっている。


「サドニナにはアイドルらしく、そしてスターらしくもっと光り輝く衣装がいいんですー!」

「はいはい」

「ヒビキ先輩の衣装と交換ですよ!」

「これはアタシのだよ!」

「ヒビキ先輩、相手にしなくていいですからね」


 サドニナは歌って踊れるアイドル声優を目指しているらしく、オーディションにも精力的に挑戦している。ただ、結果はお察し。今はネットで歌の動画を上げたりして、よりアングラな活動をしている。

 ユキちゃんとミラは衣装に文句を言うでもなく、それを着て淡々と仕事をしている。汚しちゃうから脱いだらと勧めたけれど、動いてみないと真の着心地がわからないから、と脱ぐ様子がない。多分衣装が嬉しいんだと思う。


「さとちゃんには本当に頭が上がらないね。MCもあるのに」

「そんな。私はやりたくてやってるだけなので。紗希先輩こそ、買い出しにも付き合ってもらってありがとうございます」

「うふふ。力仕事なら任せてね」

「いいえ、力仕事ならボクがやりますから紗希先輩は!」

「直クンは大道具の仕事とKちゃんの補佐があるでしょ」

「うう、そうでした……」

「直クンもありがとう。本当は直クンの衣装も作りたいんだけど」

「ボクは着ぐるみだから他の子たちに」

「それじゃあステージ衣装じゃなくてプライベートで作るからね!」


 2年生の子たちは本当に仲がいいと思う。それぞれが得意なことを頑張って、結果としてすごい物が出来上がる。苦手なところは補い合うし、チームワークは抜群。今のところ段取りにソツがないのもそうそうない。

 今でこそみんな笑ってこの部屋にいられるけれど、少し前までは必ずしもそうじゃなかった。女ばかりの環境で、否応なしに始まるマウンティング。本当の意味で血だって流れた。まだその恐怖、そして悪夢が完全に拭い去られたわけじゃない。

 アタシとヒビキの他にもいる3年生は、嫌がらせから逃げるためにここを避けるようになった。ダメージが比較的軽度で済んだアタシとヒビキは、1・2年生をあの人の魔の手から守ると決めてここにいる。他の3年生の子がいつでも戻ってこられる環境を構築する役割もある。


「紗希せんぱーい! さとかーさんがー!」

「おかーさんって言わないの!」

「どうしたのサドニナ。さとちゃん怒ってるなんてそうそうないよ」

「衣装をキラキラにして欲しいって言ったら怒ったんですー!」

「紗希先輩、サドニナのセンスを見たら沙都子じゃなくても怒りますから相手にしなくていいですよ」

「Kちゃん先輩の鬼ー!」

「うふふ。サドニナ、学祭の衣装はちゃんと事前に希望も取れるだろうし、あと半年我慢しよう」

「えー」

「歌って踊れるアイドル声優にも、キラキラだけじゃない役が来るだろうから、それに向けて練習しないと」

「そういうことにしておきます!」


 こうやって何でもないことで笑ったり、怒ったり出来るのも幸せなこと。アタシはこの幸せを、この子たちを守らなくちゃいけない。いつか絶対に、影は再び忍び寄る。気を抜いちゃいけない。何が起こるかわからないから。


「さとかーさーん、あたしも羽つけてほしいですー」

「ユキちゃんまで! おかーさんって言わないの!」

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