この母にして子はそうならず

 はいどうぞと出されたそれを、食べる勇気など持ち合わせていなかった。慧梨夏がニコーッと浮かべた笑顔だけで感謝の意は伝わってるしそれ以上の贅沢は言わない、って言うかそもそも俺はお前の母じゃない!

 お母さんいつもありがとう。MBCCでもそんな風に感謝された先週の金曜日。確かに高ピーを父とするなら母ポジションは俺になるんだろうけど、それでもお母さんと呼ばれるのはいかがなものか。

 ただ、目の前にあるのはMBCCの母の日イベントの何倍にもなる恐怖だ。下手すれば命にもかかわりかねない重大なヤツで。だけど彼女が頑張ったらしいそれを無下にも出来ず。どうする俺。


「慧梨夏、一応聞くけどこれは――」

「クッキーです」

「確認するけど、市販のものでは」

「ないね。うちが作りました」


 慧梨夏と言えば超がつくくらいの料理音痴、と言うか家事全般が全くできない。掃除や洗濯はまあ、一応はそれらしく出来ないこともないけど、何がダメって料理だ。慧梨夏のお母さんは現役バリバリのシェフさんなのに。

 趣味にかまけて生活が破綻してたっていうのもあるけど慧梨夏は家事をやると大変なことになるし、俺が家事に目覚めたモンだから慧梨夏の世話もしてましたよ。

 このまま将来的にも飯は俺が作るんだろうなと思っているし、それが命を繋ぐための大切な仕事だ。だけどいざこうやって慧梨夏の作ったクッキーらしき物体を目の当たりにすると。あー、変な汗が出て来た。


「あっでも浅浦クンと一緒に作ってるから食べても死なないとは思うんだよ」

「あのな慧梨夏、確かにアイツは料理が上手い。だけどな、製菓だけは致命的に出来ないんだ。下手すればお前と同じレベルの殺人兵器を作りかねないんだぞ」

「えー、でも浅浦クンが監督してくれてるから大丈夫なはず!」

「だからクッキーは大丈夫じゃねーんだって……」


 慧梨夏と浅浦(製菓)とか混ぜるなキケンじゃねーか。それなら高ピーの方が全然食えるを物作ってくれるはずだし、えっこれ母の日にかこつけた殺人計画とかじゃねーよな?


「ちなみに、浅浦はこれをどう監督してたんだ?」

「材料とか読み上げてくれて、うちがやろうとすることにゴーサインを出したりとか」

「アイツ材料とかいつも割と目分量とか感覚でやるところあるけど、まさか今回もそうじゃねーよな」

「その辺は割とざっくりしてたかも。きっちり測った記憶はないなあ。残ってもしょうがないし買ったの全部入れていいんじゃないかとかそんな」

「ほら出た! アイツが製菓ダメダメなのはほぼほぼそれなんだって!」


 普通に日常の食事を作るときは目分量や感覚でいろいろやっても大丈夫なんだ。もちろん、何をどうしたらどうなるのかがわかっていればの話だ。慧梨夏はそれをわかっていないから感覚でやって大変なことになる。

 だけど、製菓に関しては材料をきっちり測った上でレシピにある手順を省いたりすることなくきっちりとやらないと何かしら不具合が生じて来る。それで大丈夫な人もいるだろうけど、俺は大丈夫じゃねーんだ。

 さて、目の前には浅浦のざっくりした監督によって出来上がった慧梨夏作のクッキー。色はよくある黄色い感じのクッキーで、端の方に少し焦げ色がついて美味しそうではある、けれどもやっぱり食うのは怖い。


「レシピにあった物以外入れてないから死にはしないはず」

「慧梨夏、お茶淹れるし一緒に食うか」


 お茶と、クッキーらしきものを前におやつの時間だ。恐る恐るそれを口にする。

 外は少しだけサクッと、中はしっとり。いや、しっとりじゃない。生だ。しかもこれ、使ってんの小麦粉じゃねーな? それでもって、食ってるとまとまりきってない生地がぽろぽろと崩れて床が大変なことに。慌てて掃除機と床に敷く用のチラシを持って来る。


「慧梨夏、これ何クッキーだ? ホットケーキミックスにしちゃ甘くないし、小麦粉でもないし」

「おからパウダーっていうのを使ってみたんだよ。オンの友達がいつも使ってるんだって。お通じとかよくなるみたいで」

「ああ、ダイエットおやつみたいなことか」

「そうそれ」

「……本来どうなる予定だったのか、後で作ってみるから買い物行くぞ」

「きゃーおかーさん頼りにしてるー!」


 だから俺はお母さんでもないしこの限りなく生焼けのおからクッキーをどうすりゃいいのかもわかんねーし、本来どういうクッキーになるはずだったのか自分の目で見て見ないと納得できないしで忙しい。うーん、ヨーグルトでも付けて食ってみるか?

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