ヒリヒリアンタッチャブル

「関さん、美術部のデータ!」

「まだですよお」

「早く取ってきて!」

「えぇー!? 今発表会の仕事――」

「いいから早く」


 サークル棟は、文化会発表会に向けてみんな忙しそうにしている。それは、緑ヶ丘大学出版部FLASHも例外ではなく。部長の大橋詠斗クンは、文化会のお仕事もあっていつもよりももっとカリカリしている。怖いんだよなあ。

 とは言え、行かないともっと怖いので行くけど。行き先は美術部さん。出版部で月に1回出してる部誌に、美術部さんから表紙や作品を出してもらったりしている。ただ、美術部さんはちょっと締め切りにルーズ。


「みなもさん」

「どしたのつづるん」

「帰って来たくないのはわかりますけど、早く帰って来てくださいね」

「ぎくり」


 渋々出かけようとすると、2年生のつづるん――綴木文香(つづるぎ・ふみか)が釘を刺してくる。確かにここで大橋クンと一緒にいるのは怖いんだけど、帰らないとまた怖いんだよなあ。帰りたくなくて帰らないこともあるけど、本当に美術部さん待ちが長いんだよお。


「つ、つづるんも一緒に行こうか」

「関さん、1人で行ってきて」

「この時期ですよお! 2人で行かないとあずささんを捕まえられないじゃないですかあ!」

「一理ある。わかった、綴木も連れてくといいよ」


 緑ヶ丘大学では、4月の末に文化会発表会という行事がある。文化部が勢揃いして活動発表をしたりする一大行事。この発表会は文化会総出の新入生勧誘イベントという意味合いもあって、文化部はどこも忙しそうにしている。

 出版部は発表会用の文化部紹介冊子を刷るっていう仕事で発表も兼ねてるから当日の仕事はないに等しい。だけど、それと並行して普段の部誌も発行するから忙しいには忙しい。今取り立てに行くのは通常の部誌の表紙。


「あのお、出版部ですけどお」


 学校から怒られない程度に改造された美術部さんの部屋を覗き込むと、フローリング床が張られた部屋の真ん中にイーゼルがぽつんと立っている。発表会用の作品かな。それはそうと、美術部の人がいない。待つべきか、探しに行くべきか。


「みなもさんどうしますー?」

「つづるんはちょっとここで待っててくれる? あずささん探しに行かないと」

「みなもさんもここで待ったらいいと思いますけどねー。部長、文化会役員なのに暇そうじゃないですか」

「シッ。あれはねえ、大橋クンも逃げ帰ってきてるから触れちゃダメだよお」

「えっ、逃げ帰って来てるのに八つ当たりされるとか意味わかんなくないですか!」


 何を隠そう、美術部の部長のあずささんこと梓川美和子さんに尻に敷かれているのが文化会での大橋クン。あずささんが言うには「詠斗は内弁慶的なところがある」とのこと。つづるんは大橋クンとあんまり仲良くないし、今回の件にしても納得がいってない様子。だけど部室でそれに触れたら雷が落ちんだよお。


「あれっ、ウチに用事――……って! しまった!」

「あずささん! 逃がしませんよお!」

「い、いや~関さん、データだよねデータ、わかってる。わかってるけどもうちょっと待って今別件で動いててさ」

「事情は察しますけどお、データ持ち帰らないと大橋クンに怒られるんですよお」

「じゃあ、うちの部室で待っててもらって。深谷呼んで取り次いでもらうし……ねっ、ほら」

「すぐに持ち帰らないと怒られるんですよお~!」


 アタシがよほど悲壮感に溢れていたのか、あずささんは文化会の手の方を一瞬止めてくれるとのこと。言ってみるものだ。呆れたようなあずささんの溜め息に、大橋クンは文化会で一体どれだけ縮こまってるのかが窺える。


「はい、デバイス」

「ありがとうございます~!」

「みなもさんやりましたね」

「ほんとに!」

「あの、梓川さん。ウチの部長の弱みとか知ってたりしません?」

「詠斗の弱み?」

「ちょっ、つづるん! しっ、しっつれいしました~…!」


 はー。弱みを握るのもいいけど、それを握って揺すったところでそれが部室だったら倍返しされるに決まってるんだよなあ。つづるん……恐ろしい子! よし、とりあえず帰ろう! ミッションコンプリート!

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