完全防備のフルフェイス

「おはよ~……マジ最悪ー」

「どうした伊東」

「交通安全運動終わってるからって油断しちまってさー」

「やられたか」

「坂の下、張ってるから二輪の子は気をつけた方がいいよ」


 緑ヶ丘大学周辺は原付が多く走っていて、警察が取り締まっていることが多々ある。交通安全運動の期間中は取り締まりも強化されるだろうと思っていたから気をつけていたけど、それが終わってもまだいやがったか。

 伊東がさっそくスピード違反で捕まったらしく、ここでこの出費は痛いなあとうなだれている。伊東の愛車は大型二輪で馬力もある。それでなくても伊東本人がちょいちょいスピードを出す方だから、遅かれ早かれという感じか。

 この報告に俺や果林、Lと言った二輪組は気を引き締める。尤も、サツが張ってるのは坂の下。大学から上りも下りもしない徒歩5分のところに家がある俺とLは坂の下にさえ行かなければいいだけの話ではあるが。


「伊東、お前何気に結構点数ヤバくねえか。一通無視でたまに捕まるんだろ」

「世の中の道路はもっと方向音痴に優しくあるべきだと思う」

「つかカズ先輩バイク乗って大丈夫なんすか。花粉は」

「そろそろ落ち着いてきたしな。俺ね、スギ花粉はヤバいけどヒノキはちょっとむずむずする程度でそんなでもねーんだよ」

「へー、花粉症の人も大変すね」

「ほんとに」


 どの花粉がいつ飛ぶとかいうこともよくわからないが、スギ花粉が落ち着き始めてバイクを解禁した瞬間の悲劇。花粉症の薬を飲んでいるときはバイクに乗るのを控えていたという律儀さだ。


「おはよう」

「……誰だ? いや、わかるけど。岡崎、ちょっと不審過ぎねえか」

「花粉、始まって」

「あ?」

「あっ、ユノ先輩もしかしてヒノキの花粉症すか」

「うん、そう」


 パッと見サングラスのように見える色付き眼鏡に、白いマスクが顔を完全に隠してしまう。のそっと現れたオレンジ系茶髪にデニムジャケットのこの男は岡崎由乃(おかざき・よしの)、俺と同じ3年のアナウンサーだ。

 岡崎は生まれ持った遺伝子の欠陥だか異常だかで視野の中が白飛びのような、明るく眩しく見えてしまうらしい。色付き眼鏡をかけているのは日常生活を健常者と同じように送るためで、決してファッションとかではない。実際に視力も悪いらしいが。

 ただ、それでなくても見た目が胡散臭い岡崎が、眼鏡はしょうがねえにしてもマスクまでしてやがったら風貌が完全に不審者のそれだ。坂の下にいるサツ連中が二輪以外も気にしてやがったら捕まるレベルだ。


「あれ、どうしたのカズ、浮かない顔して」

「坂の下でケーサツにやられた」

「警察も暇だよね。俺も昨日職質されたよ」

「いや、つか岡崎、お前それマスクして歩いてたら職質もされるだろ」

「職質自体はよくされるし、説明も慣れたけど」

「常習かよ」

「いい加減に顔覚えて欲しいよね。情報の共有が出来ないのかな、警察って」


 岡崎は地元の駅前などでよく職質されるらしい。明るい場所を無意識に避けていて、薄暗い場所や裏道などを歩いていると声をかけられることが多いそうだ。自分の素性と眼鏡のこと、今ならマスクをしている事情を話せばあっさりと解放されるらしいが。


「何で春って取り締まりが増えるんだろう」

「そりゃアレだろ。警察の方も夏だの冬だのに比べて張りやすい気候だからとかじゃねえのか」

「あー、なるほどね」

「えっ、連休とかに浮かれる人を片っ端からやれるからじゃなくて?」

「いや、知らねえけど。適当に言っただけだぞ」

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