恋のマッスルミュージカル

「おはようございますー」

「ございますー」


 バイト先に出勤すると、オフィスの中からおはようございますーと返ってくる。私たちが始めたアルバイトは、映像撮影やその編集のお仕事。特に、結婚式で使う映像に特化した事業所。


「来たか諏訪姉妹。よし、じゃあやるか」

「お願いしまーす」

「まーす」


 私たちを迎えてくれたのは、越谷雄平さん。星ヶ丘大学の4年生で、私たちの教育係を担当する先輩。体はゴツくて見た目通りに力もある。とても優しくていい人。社員さんが言うには、怒っているところを見たことがないとか。

 結婚式は6月に増える。それと、秋にも多いらしい。とりあえず今は6月のシーズンに向けた仕事でバタバタしていて、撮影に出てる人がいたり編集もカツカツ。

 そんな中で新人の私たちに出来るのはちょっとしたチェックや手直し。越谷さんがどういう過程があってこれから私たちがチェックする映像が出来るのか~っていうのを説明してくれるのをふむふむと聞いて。


「イタい再現ドラマです」

「です」

「結婚式特有のテンションだから仕方ない。いいかかんな、あやめ。外部の人の目があるところでは言うなよ。どうやって本人の耳に届くかわからないからな」

「はーい」

「です」


 ――とは言うけれど、夫婦の馴れ初めの再現ドラマなんて。まあ、本人たちや現場でそれを見る人たちは楽しいのかもしれない。結婚式には出たことがないから、その辺は想像するしかない。


「越谷さんは結婚式の経験がありますかー?」

「ますか?」

「いや、ねーよ、してたまるか恐ろしい!」

「間違えました。結婚式に出た経験がありますかーでした」

「でした」

「ああ、そっちな。仕事では年に何回か。プライベートでは親戚の式に出たくらいかな」

「でも、取り乱したってことは式を挙げたい彼女がいるってことですか!?」

「ですか」

「どうしてそうなる。ほらほら、画面を見ろ」


 それから、数件の映像をチェックして、字幕の誤字や脱字、映像効果の確認などをしながらウン時間。私とあやめは楽しく仕事をしていたけど、越谷さんはお疲れモード。社員さんから大変だったねってコーヒーを差し入れられてる。

 そんな様子を見て私とあやめはひそひそと話し合う。越谷さんと結婚式のあれこれをどうにかして聞き出せないかと。優しい人でもやりすぎると怒られるから、なるべく穏便に聞き出せないかと。恋バナが気になるんですよ!


「越谷さん、恋バナしませんか!」

「せんか!」

「そんな話題ないぞ。お前たちの相談なら、力になれるかはともかく聞くけど」

「越谷さんの恋バナ聞きたいですー!」

「ですー」

「ちょっ、まとわりつくな」


 周りでこの様子を見ていた社員さんも「ですー」とあやめのマネをして続いてくる。私たちは越谷さんの腕にしがみついて恋バナを引き出そうとおねだりを続けて。

 私たちを振り解こうと越谷さんが腕を上げれば、離されまいとしがみつく。足が浮いて、それでもしがみ付いて。私たちはそれぞれ50キロ。右腕に私を、左腕にあやめをぶら下げながら越谷さんの抵抗は続く。


「し、つこいぞ…! ホントに勘弁してくれ」

「越谷さん、ご飯作りますよー。ご飯食べながらうちで恋バナしましょうよー」

「よー」

「いや、帰る。腕もしんどいし」

「マッサージもしますよー、私が右腕で、あやめが左腕でー」

「変な店みたいだし誤解を招くようなことはちょっと」

「うー……」

「……あやめ?」

「あやめ、どうした」

「越谷さんと、仲良くなりたいです……」

「うっ」


 考えていることが似通うからか、あやめは私の後について語尾を言うことで思いを伝えることが多い。だけど、私の後について語尾を言うんじゃなくて、あやめ本人の口から出る言葉。滅多にないだけに、その心はとても強い。


「優しいし、頼れる先輩ですから……仲良くなりたいって」

「――ってあやめが言ってます!」

「あ、あー……わかった、飯だな。一緒にご飯食べるか。そうしよう」

「ありがとうございます!」

「ます。越谷さん、何が好きですか?」

「えっ、作る路線に変わりはないのな」

「嫌、ですか?」

「あーえーと嫌じゃなくて好きな物、好きな物……ああ、今は肉食いたいかな、生姜焼きとかササミとか」

「かんな」

「わかりましたよ、奮発しましょう!」


 ……あー、なるほど。越谷さんてこういう方面にも優しいのか。て言うかあやめ、張り切りすぎじゃない? 優しくて頼れる先輩だから仲良くなりたい、っていうのはわかるんだけど。まあ、たまにはいいか!

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