ゼロ距離の眼光

「おっはよ~。朝霞クンは?」

「朝霞サンならもうじき来ない?」

「じゃ、もうちょっと待とっか~」


 星ヶ丘大学放送部は、部員60人ほどを抱える大きな部活。部室には全員が入りきらないから実質物置化していて、広いミーティングルームを借り切って活動している。

 開きっぱなしだったミーティングルームのドアを少し戻して、裏の空間へと滑り込む。パーテーションで仕切られた、2畳あるかないかの空間。そこが、ステージスター・山口洋平の属する“朝霞班”のブース。

 サンバイザーにウエストポーチ、首から提げたストップウォッチが特徴的なこの女の子はディレクターの戸田つばめ、2年生のつばちゃん。ぱっちりおめめに上向きまつ毛がかわいいよね~って言ったら殴られるよね~。


「で、朝霞サンがどうした?」

「急ぎじゃないんだけど、ファンフェスについて聞いておきたいな~と思って~」

「あっ、確かに。早く朝霞サン来ないかな」

「気長に待とうね~」


 星ヶ丘の部活はステージをメインに活動していて、大学祭とか、近所のイベントとか。そんなところでMCとかをやっているライブ集団。基本5、6人から8人くらいまでの班で動いていて、パートは4つ。

 ステージの台本を書いたり演出を担当するプロデューサー、MCを担当するアナウンサー、音響を担当するミキサー、そして舞台上の裏方であるディレクターの4パート。ちなみに俺はアナウンサー。

 朝霞班は現在3人しか班員がいなくて、次の1年生に賭けてるって感じ。こないだ引退したのはミキサーの先輩だし、入ってくる子がミキサーならいいよね~。そして、この朝霞班を束ねる班長でプロデューサーが――


「朝霞! 朝霞はどこへ行った! 出てきたら跪かせてやる!」


 ブースの外から聞こえて来る怒声に、辟易するのはいつものこと。放送部の部長、日高隼人だ。


「クソッ、日高マジうぜー」

「って言うか~、普通に4限が終わったばっかりの時間帯なんだけどな~。部長サマはほっとこ~」


 キィと部屋のドアが動き、人の動きを予感させる。ただ部屋に入るだけならドアノブに触る必要なんてなくて、ドアを動かすのは、薄暗くて狭いこのブースに用事のある人だけ。


「朝霞! 貴様、どの面下げて来やがった!」

「藪から棒に突っかかられる覚えはないが、何の用だ」

「貴様ぁ……人をコケにしやがって! ひれ伏せ!」

「用があるなら早くしろ。生憎俺はお前のお遊びに付き合ってるほど暇じゃない」


 ブースの外では、朝霞クンが日高に難癖をつけられている。だけど、それを誰も止めようとはしない。何故って、この部活は部長、そしてその脇を固める幹部が絶対。部長に刃向かうようなことがあれば後はお察し。

 日高は1年の頃からどうしてか朝霞クンを異常なまでに敵視していて、部長になった瞬間俺たち朝霞班に対する待遇を改悪した。明らかに理不尽な扱いに呆れるしかないよネ。

 朝霞班は、朝霞班になる前から荒くれ者や変わり者……つまり、「はみ出し者の流刑地」と呼ばれてきた班だけど、今は部長の私怨で肩身の狭い思いをさせられている。


「ったく。あ、おはよう。遅くなった」

「朝霞クンおはよ~。大変だったね~」

「朝霞サン、一発ぶん殴ってやればよかったのに」


 肩から掛けて胸元で結んだカーディガンがトレードマークの朝霞クン――朝霞薫が俺たちの班長。ステージに対する情念が凄まじくて、鬼のプロデューサーって呼ばれてる凄腕のP。

 日高を無視してブースに入ってきた朝霞クンは、軽く息を吐いてカバンからレッドブルと手帳を取り出した。嫌がらせも、3年目にもなれば慣れたもの。だけど。


「朝霞クン、余計なお世話かもしれないけど~、あんまり一人で抱え込んじゃダメだよ~。日高ってほら、粘着質だしさ~」

「そうそう、ぶん殴ってやるとかさ」

「難癖付けられているのが俺一人のうちはまだ大丈夫だろ。なあ山口」


 すごい勢いで壁に背中が付いた。いくら仕切りがあるとは言え、所詮薄いパーテーション。後ろに倒れ込みそうで焦る。朝霞クンに掴まれた胸倉、そしてほぼゼロ距離で突き刺さる眼光に、腰は引けていた。


「お前たちは俺が守るっつってんだろ」

「えっ?」

「日高が何をしてこようが、お前たちには指一本触れさせない。お前たちはステージのことだけ考えていればいい。わかったか」

「う、うん、わかった、わかったから、ネ? ねえ朝霞クン顔近い、って言うか怖いし!」

「わかってんのか!?」

「わかりました! わかりましたから~! ステージスターであり続けます~!」


 パッと左手が離されると腰がふにゃふにゃになっていて、崩れ落ちるようにストンと座り込む。って言うか、「俺が守る」なんてカッコい~言葉、胸倉を掴みながら言うことじゃないでしょでしょ~!?


「それじゃあ、定例会からの連絡を」

「そう、それを待ってたんだって朝霞サン!」

「何かもう、どうして朝霞クンを待ってたのかも忘れちゃってたでしょでしょ……」

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