それは闇夜か絶望か

 国立星港大学に入学して2週間。学内を歩けば歩道の脇には机とイスが置かれ、サークル勧誘ブースが立ち並ぶ。その中にあった放送サークルのUHBCの話を聞いてみたら、ブースにいた先輩がほわほわして優しそうだったし現在に至る。


「それじゃあ、始めようかー」

「人が少ないような気が」

「春だしみんな忙しいんだろうね。やりながら待とうかー。あっ、そうだゴメンねアオ、今日ね、石川は来れないみたいなんだー」

「そうですか」


 UHBCをまとめているのがプロデューサーの大石千景先輩。ほわほわ、まったりとした感じでほっとしたんだよなー。あ、えっと、別に情報センターが殺伐としてるからとかではないけど、優しい先輩なんだ。

 アオって呼ばれたメガネの子が、高山蒼希さん。同じ1年生でパートはミキサー。先輩相手にも容赦ない感じですっごくしっかりしてる。今はまだ少し話したくらいなんだけど、もうちょっと仲良くなれたらいいなあ。

 UHBCは他のラジオ系の大学さんとは違ってプロデューサーやディレクターっていうパートがある。それは、昔のUHBCがカッチリとしたドキュメント番組を長期戦で作ってた頃の名残らしい。今はそこまでカッチリしてないとか。

 そうこうしている間に2年生の先輩もやってきて、頭数が揃い始めた。2年生の先輩たちは、まとまっていて仲がいいなあっていう印象がある。3年生の先輩は幽霊部員化する人も多いからなかなか揃わないらしいんだけど。


「おはよっすー!」

「おはよう千尋。フィールドワークの帰り?」

「大漁! ともちん、かわいいっしょ」

「うーん、そうかなあ」


 虫カゴを掲げた先輩が坂井千尋先輩。フィールドワークというのは虫取りのこと。生物科学部であることには違いないけど千尋先輩の専攻に虫取りは直接関係しなくって、ただの趣味らしい。

 千尋先輩の虫カゴに2年生の先輩たちは引いてるし、大石先輩もお茶を濁したような返事をしている。俺にとっては虫なんてそんなに珍しいものでもないし、種類によっては佃煮にしたりもするからふーんって。


「千尋、これ、何の虫?」

「いろいろいるよー、バッタとかカマキリとか。あとさ、ナナホシちゃんがかわいくってさー、ほら、そこにいるっしょ」


 千尋先輩が持ってきたカゴはもちろん一つじゃない。アオがまじまじとカゴを見ていたものだから、千尋先輩は揚々としてカゴたちを机の上に置いてプレゼンし始めた。例によって2年生の先輩たちはサーッて引いている。


「何てったってとっておきはこれだな!」

「ねえ千尋、それ……何?」

「“Blattodea”ね」

「学名を聞いてるんじゃないんだけどなあ」

「じゃあちゃんと聞いてくれなきゃともちん」

「それって、ゴキブリだよね? どうしてそんなにたくさん…?」


 とっておきのカゴの中には、無数のゴキブリ。一体どこでそんなに捕まえてきたんだろうと思うくらいにはカサカサっているし引いてしまう。もちろん、カゴの中にとは言えこれだけたくさんゴキブリがいるとアオ以外のみんなが引いてるよね。


「仲間の死骸を食べるところを見たくってさあ」

「えー、見たくないよー!」


 大石先輩と千尋先輩がカゴを片付ける片付けない論争をし始めたそのとき。ガタンと大きな音がして、サークル室に戦慄が走った。様々な悲鳴の中で、動じていないのはアオだけ。ううん、固まってるだけだこれ!


「ああーっ! せっかく集めたゴキちゃんが!」

「千尋、早く回収して! アオ、ねえアオ! 大丈夫!?」

「あっ、えっと。すみません坂井先輩、下から覗き込んでいたらうっかりカゴを落としてしまいました」

「うん、それはいいからゴキちゃん回収するの手伝って!」

「出来れば回収ではなく駆除をする方向で」


 大漁のゴキブリが走ったり飛んだりしてサークル室はめちゃくちゃ。2年生の先輩たちは頭にノートをかぶって逃げまどってる。3年生の先輩たちが何とかしてくれてるけど「こんなことってあるんだ!?」と思って。


「はー、半分くらいになっちったー」

「石川が来てなくてよかったよ」

「ホントそれ。トールちんいたら絶対雷落ちてた」

「千尋、今度からゴキブリの持ち込み禁止ね」

「はいはーいっす」

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