腐女子と獣

「慧梨夏ー、今日の夕飯何にしようか」

「うーん」

「聞いてるか?」

「うーん」


 ダメだこりゃ。まあ、没頭してるときに話しかけた俺が悪かったか。今日の彼女はインプットモード。バイト先の本屋でまとめ買いしてきたマンガを読みふけっている。バイト先が本屋っていいですよね、とドヤ顔をして帰ってきたのは昨日のこと。

 俺と慧梨夏は高校1年の頃から付き合ってるんだけど、大学に入ってからは互いに一人暮らしを始めたこともあってやりたい放題の生活が始まっていた。どっちかがどっちかの部屋に入り浸るのが自然の流れ。これを半同棲と言われて久しい。

 慧梨夏がオタクと言うか腐女子だということを知ったのは高校の頃だった。だけど、マンションの一室に築かれた城を見て初めて俺が思うような生ぬるいレベルではなかったことを知る。常に何かしらの原稿を抱え、忙しくしている。

 俺が慧梨夏の身の回りの世話をしているのは、放っておくととことん何もしなくなるからだ。ただでさえ家事が出来ないのに、筆が乗ると出来合いの物すら食べなくなる。それなら食べさせればいい、という延長線上に今がある。


「ねえカズー」

「んー? 読み終わったかー?」

「もうちょっとだけど、例えばさ、カップルのいちゃいちゃでさ、受けちゃんが攻めの足の間にすぽっと収まるように座ってきたとするでしょ体育座りで」

「言葉じゃイメージしにくいからちょっと来てみ」


 だからこういうふうにーと俺の脚の間にすっぽり収まってくると、俺はそのまま腕を前に回して閉じこめたくなる。今の前提がカップルのいちゃいちゃなんだから状況によってはやってもいいだろう。

 目の前には露わになったうなじ。ポニーテールの毛束が揺れる。部屋着の緩いTシャツの首もとから時折ちらりと覗く白い肌。あっ、これは思った以上にソソるヤツだ。何でか知らないけど、妙に中てられる。


「ちょっ、カズ手が出てるっ…!」

「悪い、ちょっと限界だった」

「後でじゃダメ?」

「ダメ」

「だってご飯のこと聞いてたでしょ?」


 首もとから左手を、裾から右手をTシャツの中に潜り込ませる。左手は柔らかな膨らみをまさぐり、右手は腰を抱えて引き寄せる。今日は絶対逃がす気なんかないし、割と夕飯はどうでもよくなってきている。この感じだと作っても冷めるし。

 それでも身を捩って逃げようとする慧梨夏の耳を甘噛みすると、ピクリと微かな反応が見える。それに調子を良くするのが俺の悪癖なのかな。緩く開いた足を絡ませて、閉じられないように。……あっ。ちょっとデキてきてる。


「ねっ、ホントっ、手…!」

「手がなんだってー?」

「うう……この、ケダモノ!」

「人をケダモノにしたのは誰だと思ってんのかね」

「天性でしょ!?」

「随分余裕だな。増やすぞ」

「ホント今はダメだって、後で好きなだけシていいから!」

「……言ったな?」

「言いました。オプションでお風呂もいいよ」

「言ったな?」

「言った」


 さて。気を取り直して俺はエプロンを装備して、夕飯のことを考えるのだ。ちなみに慧梨夏の質問は「ああいう体勢でくっついてたら攻めからはどう見えるかな」というもので、導き出された答えが「ムラムラする」だったそうだからナンダカナー。

 まあ、二人とも一人暮らしだったらこんな風になるのも仕方がないよなーと思いつつ、冷蔵庫の中身と相談をする。うん、この感じだと焼き鮭とレンコンのきんぴらとかがいいかな。あと味噌汁と。


「あーもー、すっかり家事モードじゃん。カズの切り替えの早さが信じられない」

「いや、でも今日は時短調理。慧梨夏、風呂お湯溜めといて」

「はいはい」


 ぶつぶつ言いながら風呂の掃除を始めた慧梨夏の後ろ姿に、ちょっとした優越感。白いうなじに赤い痕。さっきのどさくさでつけといた。見えるところだから気付かれたら怒られるかもしれないけど、少しくらいはな。


「キャー!」

「どうした!?」

「あーん、シャワー勢い強すぎー! びしょ濡れだよー!」


 あっ、水に濡れるTシャツが張り付くヤツ。あー、また飯どころじゃなくなるヤツだ~!

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