装備を揃える始まりの村

「ぶかぶかですー」

「ふむ、L寸だと大きいな」

「じゃあ、次はS着せてみよーぜ。これでキツけりゃMだろ」

「そうですね。川北、次はこれだ」

「はいー」


 ここは星港大学の情報センター。学生生活をサポートするパソコン自習室で、俺、川北碧はここでアルバイトをすることになった。初めての一人暮らしだし、不安は大きいけどさっそくバイトが決まったのは大きい。

 センターの新規スタッフ募集の張り紙を見ていると、学内のバイト、それも時給1000円の文字。それに釣られて申し込んだら、最初にして最大の試練である度胸試しがあって、それを越えれば簡単な面談。結果、採用が決まった。

 怖い目つきの先輩たちに囲まれてやることは、ジャンパーの試着。センターのスタッフは、シャカシャカした素材のスタッフジャンパーを着ることになっている。色は蛍光イエローで、背中には紺色でSTAFFの文字。


「きついですー」

「さすがにSは小さすぎたか」

「ではM寸ですね」

「だな」

「リン、注文しといてくれ」

「人遣いが粗いぞ」

「さてはお前、私が人を使える立場だということをわかってねーな?」

「わかりましたよ、注文すればいいんでしょう」


 Lサイズのジャンパーを貸してくれたのは、ひとつに結んだ長い髪と銀縁眼鏡が特徴的な3年生、林原雄介さん。自習室の現場スタッフ、俗にB番の主と言えるポジションだそうだ。鋭く刺すような目つきがとても怖い。

 Sサイズのジャンパーを貸してくれたのは、奇抜な柄シャツと耳にかけた鉛筆が特徴的な4年生、春山芹さん。春山さんはバイトリーダーで、受付、俗にA番の主ということだそうだ。有無を言わさぬ重く鈍い目つきがとても怖い。


「今日注文したから月曜には届くだろう。春山さん、他には。仕方がないので使われてやりますよ」

「磁石」

「そうでした」


 林原さんがサッとプリンターに用紙をセットして、カタカタッとタイプすると、プリンターからはウィーンと印刷された物が吐き出される。それをカッターで丁寧に切り抜けば。


「センターにいるときは赤、不在のときは白だ」

「わー、名前ですねー」


 林原さんが作ってくれたのは、川北碧と名前の書かれた両面磁石。出勤したら赤、帰るときには白にするということ。ホワイトボードを見れば、今は春山さんと春山さんが赤で、白い人もいる。白い人は非番なのかな。


「リン、ロッカーはどうした」

「どこか適当に空いてるところをやればいいでしょう。土田の横が空いてませんでしたか」

「ロッカーに貼る名札磁石はどうした」

「一度に言ってくれませんか」

「お前が気付けよ」

「何を言う」


 春山さんと林原さんの間に火花が散っている。センターの入所試験の度胸試しというのがズバリ、受付の春山さんの視線に怯まず、林原さんとの口論を遮ってここに来た用事を言えるかどうかという物だった。あれは怖かった。

 春山さんと林原さんの口論はドッキリのための喧嘩だと思ったけど、センターではそれくらい日常茶飯事だと。うん、確かにこれを見てると……怖いけど、慣れていくしかないんだろうなあ。でも怖いなあ。

 ウィーンと再びプリンターが開いて、今度は川北と書かれた磁石が吐き出された。俺のロッカーになる場所にそれを貼ってもらえば、個人のロッカーをもらえることになる。だんだん揃ってくるなあ。


「えーと、他には何かあったかなー」

「マグカップを持ってくるといいだろう。それと、飲みたい物も各自で用意することになっている。ちなみにコーヒーは春山さんで、オレはミルクティーだ。あとは、人の物を勝手に持って行く土田とかいう奴に気をつけろ」

「ほうじ茶のティーバッグは大丈夫ですかー?」

「いいのではないか」


 えっと、マグカップと飲み物を持ってくるっと。


「春山さん、他に注意事項は」

「うーん、そうだな。冴の顔しか浮かばない」

「確かに土田は危険生物ですからね。川北、もし土田の着替え場面に出くわしても、お前は何も悪くないから怯むな。慣れろ」

「だな。あと冴パイは私の癒しだけど、たまになら分けてやってもいーぞ」

「な、何が出てくるのかわかんないのが怖いですけど、頑張りますー」


 都会の大学だし、何が出てくるかわかんないけど、が、がんばるぞー。

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