I wish it were that easy
「あっ、ケイトくんが倒れたぞ! トランプしまえ」
「ケイトくんが倒れた! 急げ」
MMPの代表会計、つまりトップである圭斗の席には“ケイトくん”という名前のぬいぐるみが置かれている。300円で買ったパンダのぬいぐるみだ。パンダであることに特に意味はない。
頭の大きなケイトくんが倒れるとその中に圭斗の魂が乗り移ってサークルを監視する、という設定だ。ちなみに、圭斗本人がサークル室にいる場合には適用されない。
金曜日の午後4時過ぎ。そろそろ今日のサークルも始まろうかという頃合い。春学期の初日だけあってガイダンス程度で終わる講義も多く、さっと終わってここに流れ着いたメンバーも多い。
「さて、トランプも片付けたところで今日の流れを確認しよう。発声練習は初回だし一応やっておくだろ、あとは連絡事項のある奴は連絡してもらって。あとは履修が確定したらそれを見ながら昼放送のペアを決めるから」
圭斗がいなければ、サークルを進めるのは総務であるうちの仕事になる。正直、人前に立つタイプでも人の上に立つタイプでもないけれど、仕事だからしょうがない。早く来い圭斗。
「ノサカ、対策委員は何かあるか?」
「今はありません」
「そうか。……発声練習をやろうにも、一番必要な圭斗が来てないじゃないか」
「菜月先輩、1年生を待つという手もあります」
「なるほど。たまにはいいことを言うなノサカも」
新入生勧誘活動、今年のテーマは“ゲッティング☆ガール”だ。うちはその活動の中で女の子の連絡先をしっかりとゲットしているんだけど、あの子は果たして来てくれるだろうか。小さくてかわいい子だったからな。
発声練習をやろうにもそれが一番必要な圭斗は来ていないし、それを進行するアナウンス部長の三井も行方知れず。ヒロはいるけど鼻水でぐずぐず。ったく、ここのアナウンサー連中は。いくらウチが機材王国って呼ばれてるからって酷すぎるだろ。
「ん、やってるかい?」
「遅いぞ圭斗!」
「1週目なのにまともに授業をやってたんだ。僕が遅いんじゃなくて菜月が早いんだ」
圭斗が来たなら進行も圭斗にバトンタッチ。やっぱりうちはホワイトボードに板書をするくらいがちょうどいい。ただ、圭斗が来たからと言ってそうすぐに発声練習、とはいかないんだ。
「僕が来るまでの間、何か変わったことは」
「特になし。対策委員からの連絡もなし。定例会は?」
「定例会はこれからだ。ん、定例会と言えば、来週の水曜は定例会で留守にするからよろしく」
「わかった。ファンフェスの班がそろそろ決まるのか?」
「そうだね、その予定だね」
「班決めはいつだって戦争だからな」
「本当にね」
圭斗はMMPも加盟する“向島インターフェイス放送委員会”という団体の定例会に属している。定例会は月に一度、必要があればもっと集まって今後のインターフェイスの活動などを話し合ったりする。
加盟しているのはウチを含めて7校だけど、詳しいことはここでは割愛。圭斗はそのインターフェイスの定例会議長を務めていて、要は全体のトップだったりする。だからどうということはない。
「発声練習は?」
「やろうにも三井がいないんだ」
「アイツ抜きでやると後からうるさいからな」
「だから待ってるんだ、まだ見ぬ1年生を」
「ん、それが賢明だ。それか、3分トークの練習でもするかい?」
「そうだなー、暇潰しにはそれか」
春学期の第1回目のサークルだから、ちゃんとしようとは思っていた。思うだけならタダだし、思うだけでやれれば苦労はしない。カバンの中からストップウォッチを取り出し、重い腰を上げる。さて、何を喋る。
「ノサカ、やるぞ」
「あ、はい」
「菜月、お題は“スポーツ”で行こうか?」
「スポーツか。ノサカ、Mは『夏祭り』を用意してくれ」
「わかりました」
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