魅惑のプレミアムディナー

 学内を歩けば、サークルの説明会と銘打って机と椅子が置かれていたり、ビラを配ったりする人々が多い。俺は履修修正のために大学に来ていたけど、厳密に言うと春学期はまだ始まっていないのにこの人だかりだ。


「おー、浅浦ー、あ……あ……はーっくしょい!」

「ったく。マスクくらいしろ」

「びんだにいばでてう」

「は?」

「みんなに言われてる」


 サークルの勧誘活動のために来ていたという伊東は相変わらず花粉症でくしゃみを飛ばしている。保湿ティッシュの箱を改造して肩から提げられるようにしている辺りが用意周到と言うか、何と言うか。

 この伊東と俺は生まれる前からの腐れ縁というヤツで、家の距離は徒歩2分。高校までずっと一緒だった。大学で進路が分かれるかと思えば、分かれたのは学部だけ。緑ヶ丘大学にいるという点では“一緒”と言っていいだろう。バイト先も同じ本屋だ。


「つかお前何やってんの」

「履修修正だ。抽選に漏れた」

「あー、そいつは残念だったな」

「でも1年の時に漏れた隔年の少人数制のヤツは通ったし、イーブンだな」

「隔年で少人数はきっちーな」


 伊東は経済学部で俺は文学部だ。ちなみに高校1年生の頃から付き合っている伊東の彼女も同じ緑ヶ丘大学で、彼女は高崎と同じ社会学部だ。彼女のサークルもMBCCと同じように勧誘活動をしていれば、その辺で会うかもしれない。


「ちょおっとお! 何かセンサーが反応すると思ったら浅浦クン!」

「何のセンサーかは言わなくていいからな」

「ゴメンねーせっかく嫁と一緒のところを邪魔しちゃってー」

「いや、嫁はアンタだろ」

「そんな公式関係ないです」


 物騒な妄想をひっさげてやってきたポニーテールこそが伊東の彼女、宮林慧梨夏。俺とは高校2年のときにクラスメイトだった。伊東から話を聞くことは多々あったから、クラスメイトになる前から知ってはいたけど。

 今から思えば、2人が付き合う前から伊東がよく「宮ちゃんがさー」などと話していたのは恋心を隠すのが下手くそだったということなのだろう。偶然部活も同じバスケ部だったし、姿を見ることも多かった。

 高校での姿を見ている限り、ポニーテールがトレードマークの彼女は明るく元気で、活動的。周りを元気づける雰囲気がある。生徒会なんかもやっていた。ただ、その実体……内側は、爛れたワーカホリックの腐女子だ。


「ジャージってことは、アンタもサークルの新歓か?」

「そうだね。ビラ配っていいの今日までだし」

「へえ、そんな規則があるのか」

「春学期が始まるまでって体なんだよ。ねえカズ」

「だな」

「他にもいろいろ規則あるんだよ浅浦クン。配っていいビラの枚数とか、学生課からハンコもらわなきゃいけないとか。GREENsもMBCCも大学公認サークルだからハンコもちょっとプレミアム。ねえカズ」

「だな」


 大学の規模が規模だけに、サークルの数が途方もない。その中で大学公認サークルとして活動しているこの2人のサークルは活動の質がまあまあ高いということなのだろう。サークルに所属していない俺からすれば、何が何だか。


「そうだ浅浦クン、カズがこの調子なんで久々にオムライスが食べたいです」

「あー、いいな。俺も食いたい」

「サラダとか付け合わせの材料も買ってくしね」

「買ってく買ってく。ミネストローネもつけてくれ」

「……ったく、しょうがないな。で、いつ来るんだ」

「6時頃には行けないかな。ねえカズ」

「だな。それっくらいに行くから頼む」


 俺の作るオムライスが食べられると決まった瞬間、2人して喜び出すんだから単純だ。半同棲状態なのにわざわざ外で食事をする必要なんて……外食デートのようなものか。腐れ縁も大変だ。伊東の嫁さんも加えた上で、これからも続いていくだろうから。


「慧梨夏ちゃーん!」

「あっ、美弥子サンの召集だ! じゃあまた後でね! お二人で、ご・ゆ・っ・く・り」

「最後のはいらない」

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