10話 『叡智』を追う者
【クラッグ視点】
「あ、あ!クラッグ、クラッグ!ほら、見て、あのペットショップ!見ていっていい!?」
「見てってもいいが……冒険者はどうせペットなんか飼えないぞ?」
「見るだけだからっ!」
そう言ってエリーは目を輝かせながらうきうき顔で、湖の近くのペットショップに入っていった。
ここは神の宿る湖、ポスティス湖のそばに作られたショッピングモールの一角だった。
俺たちは王女イリスティナの依頼である『アルバトロスの盗賊団』の調査に当たっていた途中だった。
「うわ~~~♡かわいい~~~♡フワフワ~~~♡」
エリーが蕩けた顔で毛がもさもさの猫をキューと抱きしめていた。……肝心の猫さんは心なしか煩わしそうである。猫とはそういう生き物である。
「あ゛~~~♡ほんと、かわいいなぁ……飼えないかなぁ…………」
「無茶言うな。宿屋暮らしでどうやって猫飼えってんだ」
「うーん……ま、そうなんだけどさ。そうなんだけどさ…………」
エリーは名残惜しそうに猫をショップの店員さんに返していた。
「……魔物使いにでもなればどうだよ?」
「魔物使い?」
「魔物使いだったら、ペットみたいなの連れ歩いて冒険できるぞ?」
「えー?でも、猫みたいな魔物っているの?猫又とか?」
「メジャーな魔物使いの魔物だったら、そうだなぁ、ガイコツとか?」
「やだよっ!」
猫、全然関係ないじゃん!とモフモフ好きな相棒は叫んでいた。
「他には……そうだなぁ……召喚獣を創造とかしたらどうだ?自分の好みの魔獣を創造できるぞ?」
「え!?それって可愛い動物も作れたりするの!?凄いじゃん!やり方教えてよっ!」
「神器クラスの魔術が必要だけどな?」
「ダメじゃん!」
結局モフモフは遠く、相棒はまた叫んでいた。
「おいおい、お前さんたち……」
「ん?」
「あ、ボーボスさん」
そんな下らない会話をしていたところで同じ依頼を受けているボーボスに声を掛けられた。ドワーフのS級冒険者ボーボスである。
「どうしました?」
「あー……お前さんたち、デートも良いがちゃんと仕事せいよ?」
「へ?」
「ん?」
「…………」
「…………」
一瞬の沈黙が走る。
「で!ででで……デートじゃないやいっ……!」
エリーが大声をあげながら真っ赤になって否定するのだった。
* * * * *
「この湖の底に神様の世界……『聖域』があるのかな…………?」
「伝説ではそうなってるな」
視界一面に大きな湖が広がり、対岸がとても小さくなって見えている。流石は王国の国教のシンボルとだけあって、その大きさは神殿都市全体の1/3程の面積を占めている。その周囲をぐるっと覆うように様々な施設が並んでいる。
俺達の今いる場所はその湖に隣接した公園である。緑の葉を付けた爽やかな木々のさえずりと、底まで透けて見えてしまいそうなほど澄んだ湖のさざ波が混ざり合っていた。周囲には街の人のボランティアだろうか、それとも修道院の者たちだろうか、ゴミ掃除をしている団体も見受けられる。
神の住む湖を綺麗に保とうと積極的な行動を行っていた。
「その湖に近づき過ぎるなよ、エリー。どぼんと落ちちまったら、神様に色々されて、お腹に赤ちゃん出来ちまうぞ?」
「お前なぁっ……!エロ話すれば簡単に僕をからかえると思ってるんだろっ……!いい加減にしろよっ!?全くっ……!」
そう言いながら怒って俺の方に振り返るエリーだが、その頬はほんのりと紅色に染まっている。楽しい。
「はっはっは!エロ話なんてしてませーん。神秘な力で子を宿す神聖で清らかな神様の話をしたんでーす。なになに?エリーさん?頭の中ピンク色なんすかねえ?」
「嘘つけっ!明らかに悪意のこもった話題提供だったでしょうがっ!この変態スケベ魔人っ!」
「はっはっは」
いやー、楽しい。
「全く……なんで僕はこんな焦げ茶とコンビ組んでるんだか…………」
エリーはつんと唇を尖らし俺に背を向け、根本的なことを考え始めてしまった。あんまりやり過ぎてコンビ解消されないよう気を付けなきゃな。
「……で?どう思う?クラッグ?さっきの伝説について」
エリーが湖を見ながら背中越しに語り掛けてくる。
「そうだなぁ…………」
頭の中で情報を整理しながら考える。
「…………『神隠し』に使われている『聖域』という異空間について。俺たちが追っている『アルバトロスの盗賊団』にも異空間についての伝承がある」
「魔域『ジステガン』」
「そう」
魔域『ジステガン』。『アルバトロスの盗賊団』が所有する別世界であり、悪神ディエゴオブスの住まう世界である。この国の王と神がその世界に乗り込み、『アルバトロスの盗賊団』を討った決戦の場でもある。
「つまり……『聖域』というのは本当は魔域『ジステガン』で、あの気持ち悪い魔物『オブスマン』はこの湖から出てきた、ってこと?『神隠し』は悪神による誘拐だってこと?」
「一応、話は繋がるな」
「それは……なんだか悲しいね…………」
俺はベンチに腰掛けるが、エリーは立ったまま湖を眺めていた。
「だが、結局のところは何も分からねえ」
「……それもそうだね」
「これだけあっさり情報が得られたんだ。他の奴らも同じネタを掴んでるだろうな。
今日の夜のミーティングは情報の擦り合わせ、その後の今後の方針……まぁ、その『神隠し』を神話で片づけないで、具体的な状況、手掛かりを探っていくって結論になんだろ」
「そうなると明日以降は実際の被害者の関係者を探すってことかな?それだったら教会に行けば簡単に調べられそうだね。少なくとも、教会は『神様の子供』の実例を把握しているだろうし」
「そうだな」
エリーはゆっくりとゆっくりと湖の方に近づいていく。
水際で腰を下ろし、その湖の底を覗き込むかのように身を屈める。そして、彼女は神の神秘に触れ得るが如く、恐る恐るゆっくりとその湖の水面に手を伸ばして…………
「わっっっ!!!」
「ひゃうっ……!?」
俺が思いっきり大声を出すと、エリーはびくんと体を跳ね上げさせ、変な声を出しながら体のバランスを崩した。前に体重を掛けていたせいで、エリーは転げそうになる体をなんとか制御しようと腕をぐるんぐるん回して身を捩らしている。なんとか湖には落ちるまいと必死に慌てふためく相棒の姿を眺め、俺は笑いで腹が苦しくなった。
結果、彼女の体は横に倒れることで池ポチャを免れることができ、彼女は息を切らし、傍目から見ても心臓をバクバク言わせていることが分かる姿を横たわらせていた。俺はその彼女の姿を見て、なんとも深い達成感を覚えた。
「良かったなー、エリー、湖に落ちなくて。湖に落ちたら神様の赤ちゃんが…………」
そこまで言った時の事だった。
短剣がすさまじい勢いで俺の頬を掠め、俺のすぐ斜め後ろの木に突き刺さった。俺の頬から一筋の赤い血が垂れる。
「……エリーさん……投擲上手くなったっすね…………?」
「………………」
エリーさんは怒り心頭であった。
「あー……その……エリーさん……夕飯奢らせて頂きますよ…………?」
「………………」
「………………」
「…………店は僕が決めるからな。たっかい店選んでやる」
「ご容赦を……ご容赦を…………」
そしてエリーさんは体についた汚れを払い、ふんと大きな鼻息を1つ鳴らした。
「…………全く、僕にここまで無礼なことが出来るのは君ぐらいだよ」
「え?エリー?なんて言った?」
大きな鼻息に反して声は小さくて聞こえなかった。
「なんでも、ないっ!」
「うへぇ……」
その声はよく通る大きな声であった。
「夕飯が楽しみだ!きみがひぃひぃ言う姿を見ておかずの足しにしてやるっ!」
「ご容赦を……ご容赦を…………」
そして、なんかその言葉、エロい。
「さ、行くぞ!バカ焦げ茶!しっかり働いて、美味しい夕飯を食べに行くぞっ!」
「ほんと……逞しくなったなぁ……エリーは…………」
「夕飯の後はデザートまで注文してやるんだからなっ!」
そう言って、エリーは俺にべーっと舌を出した。
それを見て俺は苦笑が漏れた。
「覚悟しておきます、お嬢様」
「ふん、クラッグが執事の真似事なんて似合わないさ」
俺は席を立つ。何が悲しくて、仕事をした後に高い金を奢らなければならないのかとも思うところだが、まぁ、この相棒の可愛い姿を見られるのなら悪くも無いかと思ってしまうのだった。
ま、まずは仕事だな、仕事。
「…………お前さんたち、デートも良いがちゃんと仕事せいよ?」
「デートじゃないやいっ!」
偶然通りかかったボーボスにそんなことを言われ、エリーがまた真っ赤になって否定するのだった。
* * * * *
【―――――】
『僕たちは、どうしようもない世界に漂う放浪者だからさ』
夢を見ていた。
過去の夢を見ていました。
あの日の少年が私にそう言っていました。
私の世界を壊したあの少年。神聖で尊大で崇高だと言われ続けてきた私の常識はいとも容易く打ち砕かれたのでした。
大きな森を崖の上から一望したり、大きなイノシシに襲われたり、知らない世界をたくさん見せてくれました。
あの日の少年はいつもにこにこと笑っていました。
彼が頭に被っている大きな帽子が彼の大きな目を少しだけ隠し、それが何ともカッコ良く、いいなぁって思っていました。
『僕たちは、どうしようもない世界に漂う放浪者だからさ』
だから、僕は彼が好きでした。
恋とは少し違う好きで、それは尊敬という好きだったように思えるんだ。
僕は彼と遊ぶのが大好きだった。
私に広い世界を与えてくれる彼が好きでした。
だから―――
『お前のせいだ』
なんで―――?
『お前のせいなんだ』
私が王族だったから―――?
『憎い』
僕が余りにも無知で無力な人間だったから―――?
『お前が憎いから』
ごめんなさい。
『どうかどうか、神様。どうか神様、こいつに天罰をお願いします…………』
だから私の世界はばらばらに壊れてしまったのだと思います。
だから僕は追い求めるんだ。
『叡智』を。
あの日あったことの全てを。
僕が冒険者になったのは広い世界を知りたいから。僕の中の価値観を広げたかったから。自分の無知をなんとかしたかったから。
じゃあなんでそんなことを求めるの?
決まっている。
『叡智』が私の中の世界をボロボロにしてしまったから。『叡智』が彼に何かを
彼とまた友達に戻りたいから。
だから私は『アルバトロスの盗賊団』を追うのです。だから優秀な冒険者たちに依頼を出したのです。
そこに『叡智』の影を見たから。
―――私は無知のままではいたくない。
* * * * *
【エリー視点】
「ん…………」
うたたねをしてしまっていたようです…………
視界には見知らぬ石造りの天井が広がり、ここがいつもの私の部屋でないことを明らかにしています。
「そうでした…………神殿都市の……宿でしたっけ…………」
そうでした…………そうだった……
頭がクリアになっていく。
「んんっ……」
体を伸ばす。窓の外はまだ暗いから、僕はそんなに長くは寝てないみたいだ。
「しかし……懐かしい夢を見たな…………」
僕はそれが嬉しく、そして苦しかった。
水でも飲もうと思い、宿の階段を下りる。石を積み重ねてできた階段は少しばかり不均一で歩きにくく、転ばないよう注意を払う。
夜のミーティングは概ね予想通りだった。『神隠し』の情報から、次の日の指針を決める。教会への情報の要請、『神隠し』にあった人の関係者の捜索。今日、調査できていない部分の割り振り。そういった流れだった。
はてさて、この調査が箸にも棒にも掛からない可能性も考慮しているため、依頼期間は最短1ヶ月となっているが、これは早くも見直す必要が出てくるのだろうか。まだ1日目だし、全く焦る必要はないのだが。
「……ん?」
水を取りに宿屋のエントランスに来たところ、何やら怪しい人影がいた。
黒いフードコートを頭まで被って、音を立てず移動している人物がいた。
フィフィーさんだ。
いくらコートを羽織っていても彼女の綺麗な顔立ちは見間違いようがない。コートには認識阻害の魔法もかかっていないようだし。
しかしこんな夜中にどうしたのだろう?
エントランスは暗く、人っ子一人いない。その中でなるべく音を立てないよう、静かにゆっくりと移動している彼女の姿があった。僕は思わず物陰に隠れ、その姿を見守った。
そしてフィフィーさんは外に出ていった。
寝静まった暗い夜、彼女は一人外に出ていった。
ドアを開ける音も閉める音もしなかったから、彼女のその注意深さが伺える。
「フィフィーさん……どうしたのだろう…………」
僕は何か、見てはいけないものを見てしまったかのような気持ちになった。
彼女は夜の闇へと消えていった。
そしてその夜。調査を始めて1日目。
暗い夜に紛れて、もう既に事件は起き始めていた。
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