番外編:シンデレラの舞台裏

≪昼休み・中庭≫

女子生徒①「あの方が、編入生?」

女子生徒②「あら、わざわざ隣のクラスから見にいらしたの?」

女子生徒①「だって! すごく噂になっているんですもの」

女子生徒②「そうねぇ、いろいろやらかしてしまったものね。彼女」

女子生徒③「で、ご感想は?」

女子生徒①「……あまり、反抗的には見えませんわ。制服もきっちり来ているし、教科書を熱心にご覧になっているし」


≪昼休み・カフェテリア≫

女子生徒④「あら、今日もお一人で食事をとるのね」

女子生徒⑤「……気になるなら、声をかけてあげたらいかが?」

女子生徒④「……うーん。でも、伊澄お姉さまでさえ拒否してたし……わたしとも、気が合うかどうか」

女子生徒⑥「え!? それって、本当!?」

女子生徒④「本当よ。わたし、見たもの」



***


 わたし―――燕倉円香は、編入初日に大失敗をやらかした。

 おかげで、2週間も経つのに、未だに友達がいない。

 クラスメイト達に話しかければ答えてくれるが、それも、事務的な会話のみ。とりとめのないおしゃべりだとか、気の置けない相談とかは、ちっとも、全然、できていない。


 烏丸伊澄先輩のいう通り、この学校―――もとい、この『上流階級』は、わたしが今まで生きてきた世界と、ルールが全く違っていた。

 たとえば、朝の身支度。

 わたしは、朝起きて、ベッドを整えてから、自分の身支度をする。

 わたしにとっては、『当たり前』のこと。でも、この学校では『当たり前じゃない』こと。

「僭越ながら、申し上げます。お嬢さまはご起床されましたら、まず、ベルデ私をお呼びください。

ベッドを整えます。そのままの状態がお好みでしたら、お申しつけください。

身支度を整え終えましたら、不備がないかのご確認をいたします」

 わたしの部屋付きメイド―――つまり、学校内におけるわたし専用のメイド・カンナさんが、淡々と説明してくれた。

 ベッドメイクも、着替えも手伝うのが、カンナさんの『お仕事』なんだって。


 なにもかも、自分でやってきたのが『当たり前』だった。

 だけどここでは、自分ですることと、誰かにしてもらうことをきっちり分けるのが『当たり前』なのだ。

 わたしには、その境目が、よく分からない。


***


≪夜・円香の寮室のドアの前≫

メイド「夜分に失礼いたします」

円香「はー……」

カンナ「お嬢さま、私が出ます。……どちらさまでしょう?」

メイド「私、高等科第3学年の鈴屋素子様付きのメイドでございます。燕倉円香様宛に、言伝を預かりましたので、参上いたしました」

カンナ「お嬢さま、いかがしましょう?」

円香「えっと、用件を聞いてあげてください」

カンナ「……ドア越しの対応で、よろしいでしょうか?」

円香「あ、そっか。どうぞ、お入りになってください」

カンナ「お嬢さまが、中へどうぞと」

メイド「ありがとうございます」


≪円香の寮室・椅子に座る円香、立っているメイドたち≫

メイド「夜分に突然のご訪問、申し訳ございません。わたくしがお世話させていただいているお嬢さまが、燕倉様をお茶会へご招待いたしたく」

円香「お茶会に?」

メイド「はい。燕倉様と、ぜひお近づきになりたいと申しておりました。……突然ではありますが、明後日の放課後、ご都合はいかがでしょうか?」

円香「えっと……お誘いいただいて、すごく嬉しいです。ぜひ、参加させてください」

メイド「かしこまりました。では、鈴屋様へご報告させていただきます」


***


 わたしはこの時、何にも知らなかった。

 学生のお茶会だから、普通に制服でいいんだと思った。

 お茶会なんて仰々しい名前だけど、実際には、お菓子を持ち寄ってのちょっとしたティーパーティーだろうと思った。

 だから、カンナさんにも何も相談しなかったし、カンナさんから「ご準備はよろしいのですか?」と声をかけられても、「大丈夫」とだけ返していた。

 それは全部、間違いだった。


 お茶会は、実際には、野外でお抹茶をいただく―――野点だった。

 茶道の知識なんて「飲み終わったら、口が付いた部分をぬぐう」しか知らない。それなのに、招待してくれた鈴屋先輩も他の人も、私に最初のお抹茶をすすめてきた。てっきり、好意でしてくれているんだと、私は勘違いした。

 彼女たちの「悪意」に気付いたのは、お茶を飲み終わってから。

 私は、お抹茶をいただきながらお菓子を食べた。そうすれば、苦いお抹茶も美味しく感じられたから。

「変わった飲み方をなさいますのね」

「新参者らしい、斬新なご作法ですこと」

 さざ波のように、悪意のあるささやきが広がっていく。

「それで、燕倉様。今日のテーマはなんですの?」

 え!?

 わたしが驚くと、隣に座る針岡先輩が驚いた。

「あら、正客ですのに、ご存じないの?」

「ショウキャク?」

 その瞬間、お茶をたてている鈴屋先輩が、くすっと笑った。

「燕倉様って、小さな子みたいですわね」

 嫌味を言われたのだと、すぐに気が付いた。

 私が見ると、鈴屋先輩は微笑んでいた。

「今日の作法、私は初めて拝見いたしましたけど、燕倉流の作法かしら?」

「あら、そんな流派、聞いたことないわ」

 針岡先輩が口を尖らせた。

「でしたら、烏丸流?」

「ああ、ご指導役でしたわね」

「あの!」

 堪らず、私は声を張った。

「烏丸先輩は、関係ありません。……無作法というのなら、それは、わたしが不勉強だからです」

「あら、いいのよ。無理しなくったって」

「あなたの物覚えが悪いんじゃなくって、烏丸様のご指導が悪いのよ」

「完璧な淑女なんて言われているけど、ねえ」

「完璧すぎるから、かえって、できない人の気持ちが分からないのよね」

「自分が何でもできてしまう人って、逆に教えるのが不得意らしいですわよ」

「燕倉様が無作法なのも礼儀知らずなのも、烏丸様の不手際でしかないわ」

「あの!」

 もう一度声を上げ、おしゃべりを止める。

 わたしは鈴屋先輩をまっすぐ見て、できるだけきれいに見えるよう、お辞儀をした。

「わたしが無作法なせいで、皆さんを不快にさせたなら、謝ります。すみません。だから……」

 茶道のやり方を教えてもらえませんか。

 そう言おうとしたのに、鈴屋先輩が眉をしかめて、遮った。

「……いやだわ。野点に来たのに、旅館にいるみたいじゃない」

 どうやら、お辞儀の仕方まで間違えたようだ。

「烏丸様の指導力も堕ちたものね。最低限のことさえ、覚えさせようとしないなんて」

「誤解なさらないでね。燕倉様を責めているんじゃないのよ」

「烏丸様は風紀委員長にして、寮長も務めているから、下級生への指導が多いの」

「でもほら、実力ではなくって、家柄で認められている部分もあるのよね」

「燕倉様はご存じないでしょうけど」

「燕倉様は教わってませんものね」

「あら、それもご存じないの? だめねえ、烏丸様は」

「名ばかりの権威ですわねえ」

 あまりにも陰湿で遠回しな嫌味に、わたしは我慢の限界を迎えた。

「ではお聞きしますけど、あなたたちの、どこか淑女らしいんですか?」

 ここは、わたしが今までいたところとは、何もかもが違う。

 だけど、この人たちのいうことには、きっと、一生頷く日は来ない。

 わたしにかこつけて、わたしにかかわる誰かを傷つける人と、仲良くなんて、なれっこない。

「あなたたちなんかより、わたしの方が、よっぽど、淑女だと思います!」

 嫌いなのは、仕方ない。

 合わないのも、仕方ない。

 でも、違うってだけで攻撃するのは、間違っている。

 そんなの、どこの世界に行っても、絶対、正しくない!


***


 悔しくって悔しくって、カンナさんにもいっぱい愚痴を言った。カンナさんは、淡々と結論を出した。

「やはり、烏丸様のお力を借りましょう。……そして、完璧なマナーを身に付ければ、お嬢さまのためにもなりますし、『やっぱり、烏丸様はすごいんだ』と思ってもらえるはずです」

 同情とかのない、冷静な結論。

 一晩寝て、少し冷静になったわたしは、カンナさんの提案を採用することにした。とても図々しいお願いだけど、今、わたしがこの学校で頼れるのは、烏丸先輩しかいない。


 カンナさんにお願いして、烏丸先輩と合う日程を調節してもらった。

 烏丸先輩は、なんと個室のカフェを予約してくれた。ああ、また、わたしが初めて見る空間だ。

「わたしに教えてください!」

 烏丸先輩は、快く、引き受けてくれた。

 あんなに反発したのに。

 烏丸先輩が頷いてくれた時、わたしは彼女の心の広さに感動した。未だに、自分が何を間違えているか分からなかったけど、でも、先輩となら、それを直していけると思った。

 お茶を飲みながら、わたし達は作戦会議を始めた。

「そういえば、近いところで晩餐会がありますわね。……そこで、燕倉さんの汚名返上、といたしましょう」

「晩餐会、ですか?」

「ええ。他学年との交流会、みたいなものですわ」

 それなら普通に『交流パーティ』とでもすればいいのに。

「音楽を聴いて、ダンスを踊って、最後にブッフェ式の食事するんですの」

 烏丸先輩の説明を聞いたわたしは、自分がすべき2つのことに気付いた。

 ダンスを覚えること。ドレスを用意すること。

 このときは、ブッフェ式=バイキングと思っていたので、そこにマナーが存在するなんて、思ってもみなかったのだ。


***


 それから毎日、わたしは烏丸先輩にいろんなことを教わった。

 放課後、ダンスの練習をする。練習は、最初、烏丸先輩としようと思ったけど、できなかった。

 そのぅ……向かい合って、ダンスのために密着した途端……先輩とわたしのバストが、どう頑張っても、距離が空いてしまうので。

 だから、ダンスの練習は女子部の体育教師・津組先生に付き合ってもらった。津組先生も女性だけど、スレンダーで背が高い。宝塚に出てきそうなくらいの中性的な美貌をしている。

 向かい合っているだけで、何回か、ドキドキした。

「津組先生のお顔に慣れてしまえば、他の男の子とも平気で話せるようになりますわ」

「当然! 残念ながら、私よりカッコイイ子は高等科にはいないからね!!」

 そして、とても面白い先生だった。


 ダンス以外―――礼儀作法や食事のマナーは、実践で教わった。

 茶道部の人たちは貶していたけど、烏丸先輩の教え方は、分かりやすかった。それに、失敗しても、優しく指摘して「どうやって改善するか」を考えてくれる。

 マナーを教わりながら食事をするなんて、普通に考えたら、すごく気づまりだと思う。

 でも、烏丸先輩は、細かいルールが少ない食事から教えてくれた。そして、まずは自分からお手本を見せてくれる。

 わたしが特に好きなのは、ミルフィーユの食べ方。

 今までは、いきなりフォークで全部切ろうとしたから、形が崩れて、ぐちゃぐちゃになってしまっていた。でも、烏丸先輩に教わった食べ方だと、形があんまり崩れないで食べられる。

 まずは、フォークを縦にして、ミルフィーユ軽く刺す。次に、抜いたフォークを横にして、ミルフィーユを軽く押す。そうすると、薄い生地が綺麗に割れていくし、カスタードクリームもフルーツも飛び出ることはない。

 上手に切れた時、思わず歓声を上げてしまった。

「できたあっ!」

「うふふ。お上手ですわ」

 子どもみたいにはしゃぐわたしに、烏丸先輩は微笑んだ。まるで、本当のお姉ちゃんみたいだった。

「好きなものが綺麗な形のままだと、食事もさらに楽しみになりますわよね」


***


 毎日、たくさんのことを覚えた。

 大変だったけど、毎日、少しずつできるようになっていくのが、楽しかった。

 音を立てずに、ナイフとフォークを使えるようになった。

 ヒールの靴を履いても、足音が立たなくなってきた。 

 ダンスの時、足を踏む回数が減ってきた。

 こういう時はこうする、次は何をする―――それが分かるだけで、気持ちはすごく楽になった。


 そうして、たくさんの練習を重ね、わたしは無事に晩餐会を終えた。

 オーケストラの生演奏が素晴らしかった。あまりにも素晴らしすぎて、終わって直後、気分が高揚していた。そして、そのままのテンションで、ダンスホールへ移動し、今度は違う楽団の生演奏を聴きながら、ダンスを踊った。

 わたしのダンスパートナーは、男子部生徒会会計の白鳥瑞樹くんだった。

 白鳥くんも音楽が好きで、わたし達は、かなりノリノリなステップを踏んだ。

「もしかして、ダンス得意?」

「いいえ。ついこの間、習い始めたんです」

「ホントに!?」

 驚いた白鳥くんは、目をキラキラさせて「ねえねえ」ととんでもないことを提案してきた。

「あと2回ターンしたらさ、リードしてみてくんない?」

「ええ!?」

 わたしは心底驚いた。

 でも不思議と、ステップは崩れなかった。こんなに踊れるのは、白鳥くんのリードが上手いからだと思うんだけど……

「いーじゃんいーじゃん。君、すっごく上手いし。俺、結構頑丈だから、足踏れても平気だし。転びそうになったら、ちゃんと抱きとめるし!」

「えっと……」

 どうしよう。

 確かに、男性用のステップは練習したけど、自分側の練習量に比べると、ずっと少ない。

 ましてや、身長差のある白鳥くんをりーどするなんて……

「ダイジョーブだよ」

 あと少しでターン、という時。

 白鳥くんが、顔を近づけたきた。

「君、音楽好きだろ?」

「は、はい」

「音楽に合わせて、動けばいい。……それだけで、絶対にうまくいく」

「それだけで?」

「そ。成功の秘訣って、シンプルだから。楽しんで動けば、絶対平気。今だって、楽しいでしょ?」

 その言葉が、すとん、と胸に落ちた。

 そう、わたしは今、とても、楽しい。

 こんなに近い距離で、素晴らしい楽器が奏でる音楽。それに合わせて、身体を動かす。

 こうきたら、こうする。次は、ああする。

 分かるから、気持ちが楽になる。誰の足も、今日は踏んでいない。

「決まったね?」

「はい!」

 1,2,3、ターン!

 一度離れて、もう一度、相手の手を取る。立ち位置もステップも男女逆転するわたし達。

 音楽の流れに合わせてわたしがステップを踏み、白鳥くんがその後に続く。

「いーじゃんいーじゃん。やっぱ君、上手だよ!」

「あっはは! ありがとうございます!」

 白鳥くんの女性ステップも、とても上手だった。

 そして、このダンスがきっかけで、他の人たちにも話しかけられるようになった。

「本当に、今までダンスの経験がございませんの?」

「本当にこの間始めたばかりなんです。津組先生に、ご指導いただいて」

「センスがあるんですねぇ」

「私も先生にご指導いただいたけど、男性ステップはまだまだですわ」

「白鳥様ってば、たまに気まぐれで男女逆転させるから、正直、ちょっと冷や冷やしますの」

「リードはお上手なんですけどねぇ」

 どうやら、白鳥くんのあの提案は、ダンスパーティーでは恒例のものらしい。

「燕倉さんが対応してくれて、助かりましたわ」

「いやあ、あはは」

 照れくさくなって、わたしは笑った。

 そのまま、隣の会場へ移動して、みんなでご飯を食べた。白鳥くんがお友達を連れてきてくれたので、とても賑やかな食事になった。

 どうやら、わたしと彼のダンスは会場の注目を浴びていたらしく、通り過ぎる人たちから、声をかけられた。お褒めの言葉もあれば、嫌味もあったけど。

 でも、嫌味を言ってきた人が去っていくと、近くにいたクラスメイト達が、こっそりフォローしてくれた。

「今みたいな失礼な方のことは、さっさとお忘れになって」

「そうそう。ほら、あそこのラズベリーのミルフィーユ、とっても美味しいんですのよ」

「モンブランもおすすめですわよ」

「私のおススメは、生ハムメロンですわ。慣れると癖になるんです」

 クラスメイト達のおススメを、お皿に綺麗に乗せ、彼女たちとの会話を楽しんだ。


***


 少し休憩しようと思って、わたしはバルコニーへ出た。

 人はまばらだ。その中に、烏丸先輩がいた。わたしに気付き、手招きをする。

「ごきげんよう、燕倉さん」

「ごきげんよう、先輩」

 烏丸先輩の隣に立った途端、わたしは長く息を吐いた。ようやく、力が抜けた感じがする。楽しかったけど、やっぱり、どこか緊張していたんだろうか。

「楽しんでいらっしゃったわね。なによりだわ」

「先輩のおかげです。ダンスもマナーも、とてもためになりました」

「燕倉さんの努力のたまものです」

 照れくさくなって、わたしは笑った。

「あと少しで終わってしまいますけど、よろしいの? ここにいて」

 烏丸先輩に言われて、わたしはちょっと寂しくなった。

 この楽しい時間が、終わってしまうんだ。

 どこかぼうっとした気持ちだ。ちゃんとここまで歩いてきたのに、なんだかふわふわする。

「目が覚めたら、全部消えてしまいそう」

「うふふ、大丈夫。……そのドレスはレンタルですけど、あなたが覚えたことはちゃんと、あなた自身のものになっていますわ」

 烏丸先輩は、笑って否定してくれた。

 わたしは、後ろを振り返る。楽しそうな声が聞こえる明かり。さっきまで、わたしがいた場所。

 でも今は、ここで静かに、烏丸先輩とお話がしたかった。

「オーケストラの生演奏、初めて聞いたけど、すごく、感動しました。特に『展覧会の絵』て曲が」

「わたくしも、それが好きよ」

「それから、ダンスも練習の時より、すごく上手に踊れました。演奏されている曲も、すごく素敵でした」

「白鳥くんのアドリブについて行ったのは、驚いたわ」

「あと、お食事も、すごくすごく美味しかったです。それから、周りのみんなが綺麗に食べるのを見て、すごく勉強になりました」

「きちんと観察されているのね」

 烏丸先輩は、わたしの成長を喜んでくれた。

 残り時間いっぱい、それから、寮室に帰るまでの間。わたし達は、お互いの練習の成果や演奏と食事の感想を言い合った。


***


 翌日。

 わたしは、初めてクラスメイト達と一緒に、食事をとった。

 烏丸先輩は、委員会の用事があるとかで、朝からいなかった。

 昨日のパーティーは、夢じゃなかった。

 昨日の続きは、今日につながっていた。わたしの嬉しさは、まだまだ続くんだ。

 今までより明るい気持ちで、1日を過ごした。

 そして放課後、寮室へ戻ると、カンナさんが手紙を差し出してきた。

「青地様より、お手紙がきております」

 青地様―――わたしの遠縁の、青地操さん。

 わたしが燕倉の家に引き取られてからしばらくの間、勉強を見てくれた人だ。

 年上で、寡黙で、でも、さりげない優しさをくれた人。

 手紙には、時節の挨拶と最近の様子を聞かれた。

 操さんは、編入初日に、わざわざ車を運転して、この学校まで送ってくれた。

『戸惑うことも多いだろうが、きっと、君ならうまくやれる。……ただ、つらくなったら、いつでも言うんだよ』

 ずっとわたしを、心配してくれていた。


「ねえ、カンナさん。レターセットって、どこにあるのかな?」

「ご用意いたします」


 ねえ、操さん。

 わたしね、うまくやれたよ。昨日はね、とっても楽しかったの。

 手紙を書いたら、操さんは安心してくれるかな。そして返事には、なんて書いてくれるだろう。

 想像するだけで、わくわくした。

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主役じゃなくなっても、君が好き。 逢坂一加 @liddel

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