第11話

≪夕方・オペラハウスのエントランス・にぎわう群衆の中から、見知った顔を見つける≫

円香「ごきげんよう。伊澄先輩、鷹司先輩」

「ごきげんよう、円香さん」

統志郎「ごきげんよう。……こちらは?」

男性「お初にお目にかかります、鷹司様、烏丸様。聖苑大学二年、青地操と申します。烏丸様には、円香がとてもお世話になったそうで……」

「大したことはしておりませんわ」

男性あらため、操「いえ、本当に感謝しているのです。いきなり環境が変わり、右も左もわからない円香が学校に馴染めたのは、あなたが尽力してくださったおかげです」

円香「改めて、ありがとうございます。伊澄先輩」

「うふふ、どういたしまして。……今日は、お二人でオペラに?」

円香「はい! 操さんのお好きなオペラなので、今から楽しみです!」

統志郎「僕も、今日の演目が好きなんです。アリアが豊富ですよね」

操「ええ。……それと、友人が指揮をしておりまして」

「あら! それは楽しみですわね」

円香「はい!」

統志郎「……そろそろ、時間が近いですね」

操「ああ、本当だ。……それでは、僕らはこれで失礼します。行こう、円香」

円香「はい、操さん! ……それじゃあ、先輩方、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

統志郎「ごきげんよう。お互いに楽しみましょう」



 二階のボックス席に着き、扉が閉められる。劇場内はまだざわついてて、あちこちで自分の席を探す人やパンフレットを持って話す人がいる。

 円香ちゃんたちは、真ん中のボックス席にいた。劇場の中央。VIP席であると同時に、彼女の一挙一動に注目される場所でもある。操さんにエスコートされ、優雅に席に座る。パールピンクのワンピースと相まって、絵本に出てくるお姫様みたいだ。

「ま。俺が仕込んだんだから、マナーもしぐさも完璧だけどな!」

 統志郎が噴き出した。

「……君の猫かぶりは、ホンットに無駄に完璧だよね」

「完璧なる淑女ですもの」

 猫かぶりモードで答えてやれば、統志郎は椅子に沈み込み、くっくっくと笑い続けた。

 くすぐってやろうかな、と思っていたら、開演前のベルが鳴り、劇場が暗くなった。

 統志郎は息を整えながら、椅子に座りなおす。

「はーっ……。でも、よかった。燕倉さんの方も、うまくいったんだ」

「え」

 どういうこと?

 ちょうど幕が上がりはじめ、劇場内に拍手が響き渡る。だから、統志郎は俺の耳元に近づいて、事情を説明してくれた。

「青地家と燕倉家は、主従関係にあってね。今でこそ、それぞれ違う分野で活躍して地位も確立しているけど、青地家の中には、未だに燕倉家を下に見る長老が多くてね」

 俺は数日前、円香ちゃんに言われたことを思い出した。

 ……あれって、全部、青地さんのことだったのね。

「この間、看護してくれたお礼として、僕からもちょっとした手助けをしていたんだ。……主に、高齢者への取り入り方をね」

 喉の奥で、統志郎が笑った。

「誰かさんも含めて、僕たちが付き合い始めたと勘違いしたみたいだけど」

「それは……悪かったよ」

 演奏が始まってしまったので、俺たちはおしゃべりを止めた。

 前奏、男声ソロ、別の男声とのデュエットと流れるように続いていく。キャッチ―なメロディに、テンポよく進む会話は、聞いていてとても心地がいい。

 舞台を見下ろしながら、俺はここ数日の出来事を思い返した。

 結局、お見合いは「烏丸伊澄が勘違いしていたために、事態がややこしくなった」で片付いた。長年片思いをしていた鷹司統志郎にお見合い話が持ち上がり、失恋した気になり、同じタイミングで持ち上がった自分のお見合いが頭に入ってこなかった。円香ちゃんへの誤解は徹底的に伏せた形で。

 統志郎が俺のことを思い出し、俺が前世の「烏丸伊澄」だと分かったのは、お見舞い品がきっかけだった。これは俺も忘れていたが、前世でも俺は、統志郎のお見舞い品にマーマレードを送っていたらしい。

「マーマレードを食べたとき、いっぺんに思い出してね。……おかげで、熱がまたぶり返したんだ」

 復帰が遅くなった原因が、俺にあった。ここだけは、申し訳なく思った。

 舞台の袖から、ヒロインが出てきて、歌い始めた。バリエーション豊富なアリアが特徴的なこのオペラで、もっとも有名なアリア。

 実にいい声だ。ちょっと嫉妬深いのが欠点だけど、歌は一級品、という設定によく合っている。

 なんて聞き入っていると、統志郎が顔を近づけてきた。なんだなんだ、と思って、俺も顔を近づける。正確には、奴の口元に、耳を近づけた。

「君の方が、声量あると思う」

「……。これからいくらでも聞かせてやるよ」

 いらんもんと比較すんな! と思って奴の顔を見れば、嬉しそうに微笑んでいた。

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