第7話

 翌週、野外ステージに現れた統志郎は、でっかい袋を携えていた。

「ちょっと辺鄙なところの視察に行ってね。いろいろと買ってみたんだ」

 そう言って取り出したのは、もはや駄菓子屋でしか見かけないような、レトロなお菓子だった。

 俺は感激した。なぜって、全部全部、前世で好きだったものばかりだからだ。

「笛ラムネ、子どもビール、ココアシガレットもある!」

「喜んでもらえて、うれしいよ」

 統志郎はくすぐったそうに笑った。

 もしかして、と俺は期待しそうになった。もしかして俺のこと、少しは思い出してくれたかな?

「あのさ」

「遊べるお菓子とか、親に叱られそうなもの、僕も試してみたかったんだよね」

 思い上がりでしたねー。


***


 野外ステージでの集会を、俺たちは色気のかけらもない雰囲気で過ごした。俺のせいだけど。

 たまにお菓子の奪い合いをしたり、漫画に出てくるキャラでどっちが強いか論争したり、交代でゲームをしてスコアを競ったりした。

 そこで会う時は、取り決めをしていた。

 ひとつ、必ず周囲を確認してくること。

 ひとつ、火曜日あるいは水曜日だけくること。

 ひとつ、雨の日や強風の日は来ないこと。

 ただ、最近は天気が結構変わりやすかったから、三つ目を守るのが難しかった。小雨が降り出したから引き返せば、その後晴天になったり、夕方になった途端に大降りになったり。


 ステージの上から、雨が降る外を見ながら、統志郎がくしゃみをした。

 見れば、肩が少し震えている。

「しばらくさ、会うのやめよっか」

「どうして?」

 予想以上に、低い声で訊き返された。見れば、統志郎は無表情で俺を見ている。さっきくしゃみをしたとは思えないほど、硬い表情だ。

「最近、天気読めないし、急に冷えたり暑くなったりするじゃん。あんまりここに来すぎたら、体調崩しそうだし」

「……そっか」

 俺が説明すると、統志郎は息を吐いた。肩の力が少し抜けて、表情が少し動いた。

「じゃあ、場所を変えるのはどうだろう?」

「今の時期に使われていない施設って、探すの難しくないか?」

 むむっと統志郎の眉間に皺が寄った。真剣に考え込んでいる。

「なんだなんだ~? そんなに俺に会えないのが寂しいのか~?」

 なんちゃってー、と続けようとしたが、できなかった。

 虚を突かれたように、統志郎が俺を見たのだ。思ってもみなかった、それでいて、図星を指されたような表情で、俺を見ている。

 え。待って。なにこれ。俺だって予想していない!

「……びに」

「へ?」

 パニックになった俺は、統志郎の言葉が、うまく聞き取れなかった。

 統志郎は、思いつめた表情で、俺を見ていた。

「次の水曜日、晴れたら、また、ここに来て。それまでに、俺も、別の場所を探しておく」

「……う、うん。俺も、探してみる」

 ものすごくぎこちない状態で、俺たちはお互いを見た。

 空は曇ったままだが、雨は止んだ。多分、また降り出すだろう。

 だから、俺たちは足早に野外ステージから走り去った。振り返った瞬間、お互いにバッチリと目が合う。それがまた恥ずかしくて、慌てて逸らした。

 うひー! むずがゆい!!


***


≪放課後、第一体育館≫

体育教師「ありゃ、燕倉さんは?」

女子生徒F「急病人を見つけたとかで、今、外しています」

体育教師「ふぅん。じゃ、すぐに戻るんだ。……はーい、みんな! 今日は頑張って、五段の跳び箱が飛べるようになろうね!」

女子生徒全員「はーい!」


≪翌日・女子寮の食堂・夕食時のテーブルの一角にて≫

女子生徒M「生徒会長、お倒れに!?」

女子生徒N「お風邪を召されたらしいですわ」

女子生徒L「まあ!」

「早くご快復なさるといいですわね」


 俺はしおらしく締めくくって、自室に戻った。隣室の生徒は戻ってこないことを確認し、部屋付きのメイドちゃんには、

「来週のお茶会で着るから、洗っておいてちょうだい」

 と言っておく。ワンピースを受け取ったメイドちゃんは何も訊かず「かしこまりました」とお辞儀をし、ランドリーへ向かった。

 さて、これで一時間は時間を稼げる。

 俺は隠しておいた清掃服に着替え、顔を覆うようなでっかいマスクとほっかむりを着けて部屋を出た。清掃員おばちゃんの完成である。

 寮の裏口から出て、できるだけ生徒たちの目に付かないように移動する。部屋の掃除はメイドさんがするけど、ゴミ出しは清掃員さんの仕事、というように分けられている。臭いも結構すごいから、できるだけ、生徒たちと鉢合わせないようにしてくれているらしい。

 まあ、俺が今持っている袋の中身は、ゴミじゃないけど。

 噂によると、統志郎は歩いている最中に咳が止まらなくなり、倒れたらしい。それを聞いた瞬間、俺はまたも思い出した。あいつ、前世の時から、体調崩すのは喉からだったんだよなあ。割と長引きやすいけど、ゆず茶を飲むと、それが早く治りやすい。

 さすがに購買部にゆず茶はないので、代替え品としてマーマレードをお見舞い品として持っていくことにした。

 裏口から中に入る。

 男子寮の構造は、実は女子寮と左右対称になっていた。俺もあいつも監督生だ。ということは、いつも俺が向かう先の反対側に、あいつの部屋がある。

 裏口から廊下に出て、階段下にあるドアを開ける。薄暗い使用人用の通路を使って、二階へ上がる。俺の推測が正しければ、ドアを出て左に曲がってすぐのところに、部屋があるはずだ。ドアノブに掛けておけば、統志郎の従僕が届けてくれるだろう。

 でも―――できれば、ノックをして、出てこられるくらいには回復しているといいなあ。そしたら、少しだけだべって、元気づけてから帰ろう。

 少しだけ、浮かれていた。

 だから、ドアの向こうから聞こえる声が、信じられなかった。

 声をあげなかったし、足を滑らせることもしなかった。結構動揺していたにもかかわらず、俺はあやうく瓶を落としそうになっただけだった。

 ちゃんと、ドアノブに、瓶の入った袋をかけてきたけど。

 だけど、俺はドアに背を向けて、駆け出していた。


 統志郎の部屋から、円香ちゃんの声がした。それも、笑い声。

 二人で一緒に、なんだか楽しそうに笑いあっていた。

 なんだ。そっか。

 なんだ、そういうことか。

 現世のお前は、可愛い系美乳の円香ちゃんみたいなのが好みなのか。……ッケ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る