第5話

≪四月中旬・お昼休みの食堂≫

女子生徒A「この間の晩餐会、素晴らしかったですわね」

女子生徒B「オーケストラの生演奏でダンスを踊るなんて、夢みたいでしたわ」

女子生徒C「お食事もすばらしかったわ」

女子生徒D「でも、一番驚いたのは……」


≪同時刻・教室≫

男子生徒A「編入生ちゃん、がんばっていたねー」

男子生徒B「テーブルマナーは完璧だったな」

男子生徒C「ダンスのステップがおぼつかないのは、まあ、仕方ないよ」

男子生徒D「でも、1ヶ月であれだけ踊れれば、大したものじゃないか?」

男子生徒A「俺、踊ったよー。足、全然踏まれなかった」


≪女子部生徒会室≫

副会長「まあ、まずまずですわね」

書記「ええ。でも、とても勉強熱心ですわ」

会計A「まず、自分で動く前に、まわりを見て確認するようにもなりましてよ」

会計B「最初の頃に比べると、素直になりましたわねえ」


≪男子部生徒会室≫

副会長「クロークに預けるやり方も、ちゃんと心得ていたよね」

会計A「編入初日を考えると、大きい進歩だよね」

書記「……コートの脱ぎ方が、綺麗だった」

会計B「あ。なんかいやらしー」


 聞こえてくる噂に、俺は大満足だ。校内じゃなかったら、きっと頬が緩みまくっていただろう。

どーだみんな、すごいだろう! 俺が!!

 いや、もちろん、円香ちゃんの学習能力が高いせいでもある。一回指摘したら、二度と間違えない。

 ダンスのステップは手拍子と同じ、と解説すればすぐに納得したし、立食式パーティーの食器の持ち方のコツも、すぐに理解した。

 いやあもちろん、俺の教え方が上手かったおかげでもあるけどね? ね?


「燕倉さんのマナーが完璧なのは、烏丸さんの指導のたまものね」

「まあ、そんな……燕倉さんの頑張りが大きいですわ」

 職員室で先生に褒められても、俺はあくまで楚々として答えた。内心では、「うん! 俺めっちゃ頑張ったよ!!」と鼻高々だったけども。


 お昼になると、円香ちゃんがわざわざ食事に誘ってくれた。それも、カフェテリアの見晴らしのいい席で。

 ここ、予約入れないと取れない席なのに。ていうか、予約の取り方、まだ教えてないのに。

「素敵な場所ね」

「はい。……あの、わたしの部屋付きのメイドさんに、とってもらいました」

 その時の俺は、ちょっと間抜けな表情になったと思う。

 使用人に頼りたがらない円香ちゃんが。

 だが、俺はすぐに、円香ちゃんへ笑いかけた。

「そうですの。それは、いいことだわ」

「その……わたしの中では、メイドさんを『使った』というよりは『相談に乗ってもらった』という感覚が強いんです。先輩にお礼をしたいけど、どうしていいか分からなくって、それで」

「ええ。それもまた、正解の一つですわ」

 学校の部屋付きメイドは、そこでクラス生徒の秘書に近い役割をする。もちろん、勉学以外の面で手伝ってもらうのだ。円香ちゃんは、今回、そのメイドの役割を上手に使った。

 飲み物を待つ間、俺は使用人の役割について、簡単に教えた。

「人を使う、というと、どうしても道具のように感じてしまいがちですわ。ですが、その人の能力を見極め、そこにあった仕事を割り振るのが、本来の意味ですの。

それは時に命令にもなりますし、時には相談でもよいんですのよ」

「そっか」

「大変でしょうけど、これからも、あなたなりのやり方で、使用人たちの能力を生かしておあげなさい。自分の能力が評価される、というのは、とても気持ちがいいものよ」

 俺の言葉を、円香ちゃんは神妙な顔で聞き、何度もうなずいた。

 しばらく黙り込んでしまう。だが、その表情は一生懸命、何かを考えているようだ。

「能力が評価される、というのは少し違いますけど、似たような状況で、わたしも、嬉しくなりました」

 円香ちゃんは、まっすぐ、俺を見た。

「伊澄先輩は、わたしにいつもいろんなことを教えてくれて、上手にできたら、褒めてくれました。わたし、それが、すごく嬉しかったです」

「円香さんががんばって身に付けてくれたから、ですわ」

「でも、教えてくださって、すごく、助かりました。……晩餐会の日から、クラスメイト達とも、打ち解けられるようになったんです」

 う……! やめろ。今ちょっとだけ、目が潤みそうになったじゃないか。

「いろいろ上手くいくようになったのは、伊澄先輩のおかげです。ありがとうございます!」

 褒め言葉に優劣をつけるつもりはない。ないが、やっぱり、教え子からもらうと、すごくうれしかった。

 あんまりにも嬉しかったので、久し振りに「自分へのご褒美」をあげることにした。

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