第4話

≪職員室前にて≫

男子部生徒会長「あ。烏丸さん」

「あら、鷹司先輩。ごきげんよう」

男子部生徒会長改め、鷹司「ああ、ごきげんよう。……今、少しいいかな?」

「かまいませんわ」

鷹司「例の編入生の指導、引き受けてくれたんだってね」

「ええ、上級生として、当然のことかと思いまして……でも、どうして鷹司先輩がそれを?」

鷹司「すこし、気になっていたんだ」

「まあ! 一目惚れですの? いつの間に?」

鷹司「違うよ。そうじゃないんだ」

「うふふ。分かっておりますわ。……鷹司先輩も、上級生として気にかけていらしたんでしょう?」

鷹司「ああ、うん。そうなんだ。……編入生のようなシンデレラストーリーは、羨まれる反面、妬みやひがみを買いやすくもあるから」

「見てて気持ちよくありませんものね。大勢が一人を、というのは特に」

鷹司「ふふっ」

「あら、わたくし、何かおかしいことを言いまして?」

鷹司「いや、気持ちよくってね。そうやって、まっすぐな正義感があるところが」

「……。うふっ。お褒めいただき、ありがとうございますわ。編入生さんのことは、どうぞ、お任せください」

鷹司「そうだね。烏丸さんなら、安心だ。……それじゃあ、ごきげんよう」

「ごきげんよう、鷹司先輩」


 お辞儀をする俺へ背を向けて、鷹司統志郎は颯爽とした足取りで歩いていく。彼が階段へ着いたところで、俺も顔を上げる。すると、数人の同級生と出くわした鷹司がさっきとは違う笑顔で、談笑を始めた。

 俺の時より表情が柔らかいし、俺の時よりリラックスしている。

 ずっと近くで見ていた笑顔なのに、今は遠いなあ。

 仕方ないよな、俺、今は女だし。


 一学年上の生徒会長・鷹司統志郎は、深く付き合うほど、厄介な人間だった。

 元華族で、現代では財閥の家柄(嘘だと思うだろ? この世界ではあるんだな。これが)。品行方正でありながら、冗談も通じる。頭もいい。容姿もいい。

 俺―――烏丸伊澄と鷹司統志郎の付き合いは、初等科からである。今世では。

 俺の感覚としては、もっと前から―――つまり、前世からの付き合いのつもりだ。

 そう、前世。男だった俺とあいつは、高等科で出会い、恋人になり、最終的に結婚した。


 しかし!

 鷹司統志郎の方は、俺のことを覚えていなかった。

全然! まったく! これっぽっちも!!


***


 自分の前世を思い出して数ヵ月後。

 俺は見事に小学校お受験に合格し、わたし立ロワイヤル学院初等科への入学が決まった。

 そして、入学前の校内案内会で、俺は鷹司統志郎と再会した。俺は入学する新入生として、あいつは下級生を引率する生徒として。

 教室に入ってきた鷹司統志郎を見て、俺は「あ」と声を上げた。

 あのときの感覚は、今でも不思議だ。長年、思い出せそうで思い出せないことが、ようやく、すっきりと思い出せたからだ。

 俺の前世は、男だった。

 そして、男と添い遂げた。記憶の中より幼くて―――ていうか、ぶっちゃけ、記憶の中より邪気のない少年・鷹司統志郎が、不思議そうに俺を見ている。

「どうしたの? えっと……」

 鷹司統志郎は戸惑いつつも笑顔を浮かべ、俺の襟元を見た。全員に義務付けられている、名札を。

「トリマル、イズミさん?」

 いやあー、結構、ショックがデカかったね。

 呼び間違われたことじゃなくってさ。明らかに向こうは「初めまして」な態度だったことが。

「ごめんなさい。……知っている人と、間違えちゃいました」

 とっさにごまかして頭を下げる俺に、鷹司統志郎は担任と一緒に「ちゃんと謝れるなんて偉いね」と返した。それだけだった。

 それからも、鷹司統志郎の態度は変わらなかった。優しく接してくれるが、あいつにとって、俺はあくまでも「大勢いる下級生のうちの一人」でしかなかった。

 一応、俺なりにいろいろと調べてみた。といっても、母さんやお手伝いさん、教師たちに「お手本にしたい上級生がいる」と何人かの上級生の名を混ぜて、話を聞き出すくらいだ。

 そして、調べれば調べるほど、鷹司統志郎は、俺の前世での恋人に間違いなかった。

 俺からすれば再会。だけどあいつからしてみれば、初めまして。

 なんでお前だけ男なわけ!? 俺が女なんだから、お前も女にな……あ。いや、やっぱりいいや。今のなし。

 あいつが女になって記憶がなかったら、そっちの方がショックでかい。

 ぜってー俺より美人だもん。 


 情報がそろったところで、俺は考えた。

 この世界では、俺に関することだけが、変に歪んでいる。それ以外は、ほぼ、変わらない。

 つまり――――高等科に進学した場合、前世の俺と似たような存在が現れるんじゃないか?

 前世の俺。

 亡くなった両親が、実は駆け落ちした名家の息子で。

 親戚に引き取られ、同時にわたし立ロワイヤル学院の高等科へ編入させられる。

 そして……鷹司統志郎は、そいつと結ばれる。


 この仮説に気付いた時、俺は無性に腹が立ってきた。

 おいおい。俺は美少女に生まれ変わったにもかかわらず、きっちりしっかり前世でのことを覚えているのに、なんでお前は忘れているわけ?

 しかも、似たような境遇の奴とくっつわけ?

 見知らぬ誰かさんと、統志郎が一緒になる。想像するだけで、無性に腹立たしかった。

 前世では、あんなこととかこんなこととか、いろいろされたというのに。同じくらい、好きだとか愛してるとかも言われた。

 今世でも、誰かではなく、俺に言ってほしい。


 ……

 …………かなり気恥ずかしい本心に気付いた俺は、一大決心をする。

 高等科にやってくるだろう編入生と統志郎を、絶対にくっつけないようにする! と。

 周りの人間に「指導役はこの人」と思わせるほどの優等生になる。そして、四六時中くっついて、統志郎と編入生を出会わせないために!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る