第2話
俺の名前は、烏丸伊澄。よく「とりまる」と間違えられるけど、よく見ろ。カラスだ。
自分のことを『俺』と自称する通り、性別は男。どこにでいる普通の人間だ。
……という記憶を、ずっと持ったまま、幼少期を過ごしていた。
今現在の俺は、名前と両親以外は、記憶とだいぶ違った。
まず、性別が女ってこと。
体の構造がかなり違うことには、ずっと戸惑っていた。だから昔は、スカートよりズボンの方が落ち着いた。
次に、両親及び家庭環境のこと。
仲は良好だ。そこに変わりはない。俺が成人したら、二人で海外旅行へ行くらしい。
ただし。
ただし、男だったときは、マンション住まいだったのが、今ではでっかい家(三階建てでエレベーター付きだぜ!?)に住んでいる。お手伝いさん? いますとも。ミニスカじゃないし、全員既婚者のメイドさん。
さて、ここまで来たら、普通はこう考える。
「もしかして、『自分は男』とか『家が普通の一般家庭』というのは、全部も嘘なのでは?」
俺はそうは考えられなかった。
この差って何ですか? と悶々とした幼少期であった。
俺の体は女の子なのに、母さんと一緒にお風呂に入るのが、恥ずかしかった。
女の子なのに、乗り物図鑑とか戦隊モノに夢中になった。ついでに、父さんとの方が話は盛り上がった。
ちょっと小柄で、小動物とかお花とか、ラブストーリーが好きな母。
背が高くって、海外の小説とか、飛行機とかスポーツが好きな父。
記憶にある二人と違わない。二人の好きなものから、次にハマりそうなものを予測することもできる。
違うのは、俺の体。そして、家だった。
ちょっとヤンチャで男の子っぽいお嬢様。それが、5歳までの烏丸伊澄だ。礼儀作法だって、結構ひどかったと思う。庭の木に登ったら、母さんは悲鳴を上げた。
「やめて伊澄ちゃん! そんなことしたら、死んじゃうわ!!」
男だったときは、
「まあ! すごいわ伊澄ちゃん! 運動神経がいいのねえ!!」
なんて、褒めてくれたのに。
拗ねていた俺だが、母さんがきっかけで、違和感の正体に気付けたのだ。
ここでちょっと、母さんについて説明。がんばって短くするから。
烏丸櫻子。年齢不明。身長はやや低め。
好きなもの:乙女チックで可愛いもの。新しいもの。
Q.『好きなもの』の二項目を融合させると、何にハマるでしょう?
A.乙女ゲーム
断っておこう。不倫願望ではない! もう一度言おう。不倫願望ではないのだ!!
母さんは、あくまでも『小説や漫画を読む感覚』でゲームをするのが好きなのだ。ちなみにテトリスみたいな『ストーリー性がない』ゲームはやらない。
そして、面白いものや素敵なものは、とにかく共有したがる性格だ。おかげで父さんからは、
「お母さんと一緒にいると、常に世の中の流れが分かって、新鮮な気持ちになるよ。しかも、楽しそうに話してくれるから、最初は興味がないものも、いつの間にか見てみたくなって」
などと惚気られてしまった。うちの両親は仲良しなのだ。だから母さんの乙女ゲーム好きは以下略!!
閑話休題。
俺が5歳の時、それは起こった。バレエ教室から帰ってきて、お茶を飲んでいた時だ。
リビングで寛いでいる俺の元へ、携帯用ゲーム機を持った母さんが近づいてきた。ものすごく、上機嫌な顔で。
「あのね、伊澄ちゃん。今、とーっても素敵なゲームをしていたの。バレエが出てくるのよ」
「バレエのクイズが出てくるの?」
「違うの~。バレエのトップ・プリマを目指す女の子が、振付師の人と恋に落ちるのよ」
「へえ」
すぐには興味が湧かなかった。だが、熱中していた母は語りを止めない。どこか夢見るように虚空を見つめる。
「5人の振付師の中から1人を選んで振り付けてもらうの。性格が全然違うから、振り付ける演目も全部違ってね。
それぞれに思い入れのある演目の振り付けをするから、バレエ作品についても詳しくなれちゃうのよ~」
「母さんは、どの演目がお気に入りなの?」
「今までは『白鳥の湖』だったけど、このゲームをしたら『カルメン』も素敵って思えるようになったわ」
「え!?」
悲劇で終わる『カルメン』は、母さんが苦手な演目の筆頭なのに!?
俺の態度を見た母さんは、うふふっと笑う口元を押え、携帯ゲーム機をちらつかせるように動かした。
「ゲームで『カルメン』の振り付けをするキャラがね、普段は静かなんだけど、実はすっごく熱いキャラなの」
「そのキャラクター、『カルメン』に思い入れがあるんだ」
「そうなの! それでね……」
そこから母さんは、ゲームのすばらしさと、そこから得た知識についてたくさん話してくれた。
「すごくかっこいい声で解説されると、すいすい頭に入るのよ。知らない世界でのドラマチックな物語も素敵でね」
楽しく聞いていたが、違和感もあった。
前にも似たようなこと、なかったか?
だが、母さんは初めてそのゲームをクリアした、と言った。
しかし、次の瞬間、母さんの口から出てきた言葉に、俺は固まった。
「男主人公で、男の人との恋愛するバージョンもあるのよ。現実世界だとゲイっていうけど、二次元だと、びぃえるっていうのよね」
「BL?」
アルファベットを習って間もないはずなのに、俺はすぐに、母さんのいう『びぃえる』の意味が分かった。単語としては、このとき、初めて耳にしたのに。
でも、脳内では、はっきりくっきりと、その言葉の意味が出てきた。
びぃえる=BL=Boys Loveの略=男同士(Boys)の恋愛(Love)を描いたフィクション(漫画・ゲーム・小説など)
口の中に残ったアップルパイを咀嚼することも忘れて、俺は戸惑った。どうして俺は、この言葉を知っているんだ? どこで知ったんだ? 俺が今まで見てきた(あるいは見せられた)作品には、同性愛的な要素を含むものはなかった。
どこで知った? 誰から教えられた? どういう状況で??
ぐるぐるぐるぐる考え続け、目を閉じて、記憶を探る。考えに考え、思い出せるだけ思い出そうとして――――俺はひっくり返ってしまった。
「伊澄ちゃん!!」
母さんの悲鳴が、遠くで聞こえた。
その後の俺は、原因不明の高熱にうなされ続けた―――らしい。
熱が下がった後、俺はしばらくぼんやりしていた。安心して泣き崩れる母さんと、そんな彼女に寄り添う父さんを見ながら、ようやく、違和感の正体に気付いたのだ。
俺は烏丸伊澄。性別は男「だった」
両親揃った、平凡な家庭「だった」
その両親は、俺が16歳になると、事故死「した」
平凡な家庭にいた俺は、両親の死後、葬式にやって来た親族によって、実は二人が駆け落ちしていたことを知る。
そして、超・金持ちの家に引き取られる。
この記憶は、前世の―――BLゲームに転生したときのものだ。
そして、その時、俺は最終的にある男と結ばれた。どんな男だったか……と思い出そうとするが、うまく思い出せなかった。
そして。
現在の両親は、親戚たちとも良好な関係を築いている。さりげなーく、二人のなれそめを聞いたら、
「最初は反対されたんだけどね、駆け落ちしようとしたら、認められて」
「縁を切られて離れ離れになるくらいなら、いっそ一緒にいてくれって」
「そのあと、お母さんは頑張ってみんなに認められるような『奥様』になったんだよ」
「そのあと、お父さんがいろいろとりなしてくれて、認められるようになったのよ」
最終的に惚気られた。
おかしい。おかしい。どうして俺の性別だけが違うんだ? 名前は一緒だし、顔だちもあんまり変わってない。……ごめん、嘘ついた。今の方が若干美人です。はい。
悶々と悩むが、おやつとかご褒美とか誕生日が来るたびに、悩みは中断した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます