主役じゃなくなっても、君が好き。

逢坂一加

第1話

≪私立ロワイヤル学院高等科・テニスコート≫

女子生徒A「ねえ、聞きまして? 編入生のこと」

女子生徒B「聞きましたわ。今日いらっしゃるのですってね」

女子生徒C「いいえ。今、たった今、ご到着なさいましたよ。門から車が」

女子生徒A「まあ、ロールスロイス! それもクラシカルなデザイン! お恥ずかしながら、わたくし、映画でしか見たことありませんの」

女子生徒C「わたくしもですわ。やはり、燕倉家のご令嬢は違いますわねぇ」


≪ロワイヤル学院高等科・温室≫

女子生徒D「でも、編入生さんって、生い立ちが少々複雑らしいのですわ」

女子生徒E「複雑って?」

女子生徒D「あら、ご存じないの?」

女子生徒F「わたくしでも知っていますわよ」

女子生徒E「んもう! 意地悪なさらないで、教えてくださいな!」


≪ロワイヤル学院高等科・男子部校舎≫

男子生徒A「今、通り過ぎた車に乗ってる編入生は、燕倉家の駆け落ちされた次男ご夫婦のお子さんなんだって」

男子生徒B「先代の燕倉家当主が亡くなって、他に後継ぎもいなかったために、探されたようだよ」

男子生徒C「残念ながら、次男ご夫妻は……」

男子生徒D「……じゃあ、編入生さんは独りぼっちなんだね。お気の毒に」


≪ロワイヤル学院高等科・女子寮≫

女子生徒G「今まで庶民として暮らしてきたけれど、これからは違いますから」

女子生徒H「でも、伊澄お姉さまのご指導があれば、すぐに慣れますわよ」

女子生徒I「あ! 編入生の方、寮の前で降りられましたわよ! ……え!?」

女子生徒J「ちょっと……あれは……」

女子生徒K「ポーターがいるのに、どうしてわざわざ、ご自分で荷物を運ばれるのかしら?」


「どうやら、さっそくわたしが指導しなくてはいけないようですね」


女子生徒G~K「いっていらっしゃいませ、伊澄お姉さま!」


女子生徒K「ああっ! やっぱり、素敵!」

女子生徒J「ご覧になって、あの凛としたたたずまい。なんて綺麗な姿勢でしょう」

女子生徒I「口数は少ないですけど、それがまた高貴な雰囲気で……あの方こそまさに“貴族”ですわ」

女子生徒H「伊澄お姉さまにご指導いただけるなら、編入生さんも、すぐに社交界に馴染めますわよ」

女子生徒G「極上のお手本ですものね!」


***


 あー、つっかれた。

 談話室を出て、誰もいないのを確かめてから、俺は思いっきり伸びをして両肩をぐりんぐりん回した。ふっかふかソファーで背筋伸ばしていたから、肩が凝る。

 階段へ進みながら肩を回し続け、すぐに止めた。上階から話し声が近づいてきたのだ。

「あの編入生、さっそくポーターと揉めているわよ!」

「ポーター可哀想! ただでさえ、庶民なんかの相手……し、て」

 はしゃいでいた女子生徒二人は、姿勢を正した俺を見て、固まった。俺の美貌に見とれたのだ。

 嘘だ。ちなみに俺の容貌の醜さに絶句したのでもない。彼女たちの顔が青くなったのは、俺の存在そのものだ。人間的な意味で。

「い、伊澄お姉さま」

「あの、これは……その」

 委縮する二人を、俺は見つめる。ちくしょう、俺が権力を持った下種なオヤジなら、子ウサギのように縮こまる二人にあれこれ命令して楽しめるのに! 権力だけなら十二分にあるのに!!

 いかがわしい妄想をやめて、俺は二人へ告げた。

「恥を知っているのなら、今後、わたくしを前にしなくても慎みなさい」

「「はい! 以後、気を付けます!」」

 子ウサギちゃんたち二人は深々と頭を下げ、そのまま無言になった。

 貴方様のおっしゃる通りです、反抗なんていたしません―――という意思表示だ。俺はそれに何も言わず、さっさと立ち去った。無言での退去が「うむ。分かればよろしい」の意思表示だ。


 劇場の入り口のような重厚さのある扉―――寮の入り口の向こうで、彼女と派遣されたポーターの声が聞こえる。

「お嬢さま、そのようなことはこちらにお任せくださいませ」

「ホントにホントに、大丈夫です! 荷物だって一つきりですから、自分で運べますよ!」

「ですが、お嬢さまにそのような……」

 元気な声に押し切られそなポーター。俺は額に手を当てた。

 あー。俺もかつて、似たようなことをしたなあ……“男”だったから、もっとぎゃんぎゃん言っていたけど。

 さっさと『お姉さま』としての役をこなす前に、俺は深呼吸をした。

 一流のご令嬢は、いついかなるときも、一定のリズムで話す。早口は、相手を急かすような印象を持たせてしまうから。

「大丈夫! わたし、力持ちなんですよ!」

「いえ、そうではなくて……」

 呼吸を整えた俺は、寮へ一歩踏み出した。

 いよいよ、燕倉円香とのご対面だ。会いたかったぜ、ヒロインちゃん。

 俺はこれから―――お前を徹底的に邪魔しまくってやる! 完璧なお嬢様として!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る