博士が助手で、助手が博士で

ねこぽん

われわれは、かしこいので

 いつもと変わりない昼下がり、しんりんちほーは今日も平穏だった。


 我々は暇を持て余し、図書館のソファで寝転んでいた。

 柔らかすぎず堅すぎないこの絶妙なもふもふ感はまさに、ヒトの生み出した叡智の結晶と言えよう。いかに我々がかしこいといえども、ヒトにだけは決して敵わないのだと、思い知らされる。

 私は仰向けに寝そべり、図書館の天井を突き破り空を覆う木を見つめながら、ふと、面白い暇つぶしを閃いた。


「助手、ちょっといいですか」


「なんでしょうか、博士」


 テーブルを挟んで、向こう側から声が返ってくる。体ほどもある大きなソファにうつ伏せになっていたワシミミズクのミミちゃん助手は、顔の上半分だけを起こし、上目遣いでこちらに目線を送った。


「暇つぶしに、互いの服を交換してみましょう」


「服を交換ですか、面白そうなのです」


 助手はのそのそといもむしのようにソファからおりると、服――とかつて、ミライが呼んでいたモノ――を脱ぎ始めた。


 助手は相変わらず、脱ぐとすごい。私はかしこいので、『どこが』をあえて明示することはしないが、とにかくすごい。

 少しばかり。ほんの、ほんの少しばかりではあるが、嫉妬を覚えてしまうほどだ。


 思えば、今着ているこれを脱ぐことが出来るというのは、かつてミライに教わった事だ。

 ミライは我々の仲間であり、よき理解者であった。抜けている所も多かったが、それでも彼女の智慧ちえには幾度となく驚かされたし、数え切れないほど助けられた。

 カバンを他人だと思えないでいるのも、少なからず彼女の面影があったからかもしれない。


 ミライには結局、別れの時まで感謝の思いを伝えることは出来なかった。彼女は遙か遠い地で、どうしているだろうか。何事もなく、幸せな生活を送れていればよいのだが……。


「……博士?」


 助手が不審そうに声をかけてきた。

 過去に思いふけりながら棒立ちになっていた私を、心配に思ったのであろう。


「ああ、少し考え事をしていたのです」


 私は手早く服を脱ぎ、代わりに助手のものを手に取り、身につける。


 どこがとは言わないが、多分にスカスカしていることに苛立ちと敗北感を覚えた。


 私が着替え終わるのとほぼ同時に、助手の方も準備は整っていたようだ。

 私の服を身につけた助手の姿を目にした時。ふいに、何もない宇宙に独り放り出されたような不安を覚えた。


 髪の色さえ染めれば、私と瓜二つの外見。

 何も知らないフレンズに見せれば、間違いなく私と誤認するような外見。


 これが他の、考えることに不自由なフレンズ達であれば、二言三言話しただけですぐぼろが出るだろう。

 しかし、助手だけは違う。彼女は私と同等、もしくはそれ以上の知能の高さを有している。……そう、助手が私以上に賢い可能性は、十二分にあるのだ。


「さすがは助手、私そっくりなのです。髪さえ染めれば、このまま入れ替わっても気づかれないのです」

「……外見だけ似せても、私は博士ほどかしこくはないのです。私は、あくまで助手なのですから」


 助手は申し訳なさと照れくささが半々と言ったような顔をしつつ、眼を伏せながら答えた。


 ふと、小さな疑問が湧いた。私と助手、本当に賢いのはどちらなのだろうか。私が博士で彼女が助手なのは、明確な知能の優劣に基づいたものではない。

 ミミちゃん助手は『自分よりもコノハ博士(わたし)のほうが賢そう』という彼女なりの推量によって、助手となることを志願したにすぎない。


 だから仮に、私よりミミちゃん助手の方が賢いのであるならば、このまま彼女が博士になるのもよい気がしてきたのだ。

 より優れた者がリーダーシップを発揮することは、群れとしても望ましいことだろう。ミライが愛したこの島を、そしてフレンズ達を守るためなら、私が助手になることもやぶさかではない。


 私は地位が無くなることなど恐れてはいない。しかし、ただ一つだけ怖かったのは、ミミちゃん助手との関係が変わってしまうかもしれないことだった。


 私と助手のどちらが賢いか。それをはっきりさせることは、今後の二人の関係を変えてしまいそうで、たまらなく怖かった。

 ミミちゃん助手が自分より劣ると判明した私をどう見るか。自分に対し、腹の中でどのような評価を下しているかわからない彼女を、私はどう疑ってしまうのか。


 我々は賢いからこそ、互いに無用な疑心暗鬼を生じてしまうであろうことも、薄々予想が出来た。ミミちゃん助手に限ってそんなことは無いのだと99.999%思っているが、残された微細な確率がどうしても眼に入ってしまう(これが脳天気なサーバルあたりであれば、端からそのような発想など出てこないに違いないので、ある意味羨ましくもある)。

 二人の話し方が、態度が、距離感が変わってしまう未来をありありと思い浮かべてしまい、言いようのないもの悲しさに襲われた。


 今まで助手から智慧ちえ比べを挑まれるような事は、ただの一度も無かった。恐らく、彼女の側でもまた、私と似たような不安を胸の内に抱いていたためだろう。上下を明確にせず、今の緩慢かんまんで曖昧な関係を崩さずにいたいと、願っているのだろう。


――賢さには様々な形があるが、『知識』は間違いなくその一部である。しかし、あまねく全てを知る事が賢明であるかといわれれば、それは違うだろう。過ぎたるは及ばざるがごとしとも言う。知ることで、かけがえのない何かを失ってしまう事も、人生には往々にしてある。

 知らなくてもよいことという物が、世の中には山ほどある。


 島を守る話にしても、助手には実質上、私と同等の権限を与えればよい話だ。二人で一人の『島の長』ということにすれば、助手の立場だからといって、リーダーシップを発揮できないということはない。


 ならば、このまま知らずにいるのがよいだろう。私と助手のどちらが賢いかなど明らかにせず、曖昧なままにしておくのがよいだろう。


 その理由は、唯一にして明確。


『われわれは、かしこいので』

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