第6話 彼女と言葉を、意志を――交わすことが出来れば、もっと楽しいだろう。

「ねえ、お父さん。アリアを僕にくれないかな」

 夕食どき、二人しかいない食卓で僕はそう切り出した。

 僕とお父さんが向かい合った食卓には、お父さん一人分の夕飯が並んでいる。当たり前だけど僕は人間の食べ物を必要とはしないから、お父さんがのんびり食べるのを見守りながら雑談の時間にするのが常だった。

 本当は、こんなに簡単に切り出して良い問題ではないことは知っていた。大事な商品を譲ってくれなどというのは、身勝手な願いだ。

 アリアを仕入れるのにも相応のお金がかかっているはずだし、彼女はきっと高く売れる。あのとき、男性客がアリアに興味を示したように。

 けれど、きっと。

「――いつ言うかと思ってたよ。良いぞ、大事にしろよ」

 お父さんがそう言って頷くことも、僕は最初から知っていた。



 アリアと会話がしてみたい。思ったのは、そんな単純なことだった。


 アリアの世話をしているだけで楽しかった。

 彼女の歌声を聴いているだけで幸せだった。

 けれど、きっと。

 彼女と言葉を、意志を――交わすことが出来れば、もっと楽しいだろう。


 お父さんからアリアを譲り受けたその日、僕は彼女に自我をプレゼントすることに決めた。

 たまに使うだけで、ほとんど置物のようになっているパソコンを立ち上げる。何年か前の機種だけれど、開発するだけならなんとかなるだろう。

 彼女の意志を、感情を生み出すのは。

 自分の首の後ろに接続した端子の逆側を、パソコンに接続する。これで少しは処理の手助けになるはずだ。

 方法を決めるのは案外早かった。歌人形は、購入者の好みに応じてカスタマイズ出来るようにある程度の拡張性が準備されている。それを利用して、機能を追加してやればいい。

 僕は被ったヘッドセットをパソコンに接続して、視界に浮かび上がったキーボードに向き直った。

「楽しいことをしよう、アリア」

「こんばんは、ノート」

「夏になったら、海を観に行こう。さすがに僕もアリアも入ることは出来ないだろうけど、ちょっとの時間近づくくらいなら出来ると思う」

「こんばんは、ノート」

「それに、花火も観に行きたいね。アリアはいつも同じ服を着ているから、たまには浴衣を着てみるのはどう? 着付けができなくても着られる浴衣もあるし、アリアが着たいっていうなら本格的な着付けの仕方も調べておくよ」

「こんばんは、ノート」

「秋になったら、お父さんと一緒にお月見をしようよ。月見団子を食べることは出来ないけれど、回路内で味を再現させるくらいは出来ると思う」

「こんばんは、ノート」

「雪は知ってる? このあたりはあんまり雪が降らないから、僕も二、三回しか見たことがないけれど――きっと、そのうち見ることがあると思う。綺麗なんだよ」

「こんばんは、ノート」

 プログラムを打ち込みながら、リソースの半分を使ってアリアに話しかける。

 アリアを譲り受けてから、自分の部屋に持ち込んだのだ。店番のときは一緒に連れて行っている。

 アリアからはいつも通り、定型通りの言葉が返ってくる。


 アリア、君と、――話が出来たら、どんなに楽しいだろう。


 いつか見たカップルのように、二人で不器用に笑い合えたら。

 僕は充電さえしていれば基本的に休息は必要ないけれど、あまり長時間駆動し続ければハードウェアが摩耗する。店番と、お父さんとの食事の時間を除いて、最低限の休息以外の全ての時間を開発に充てた。

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