第4話

 いろいろなことが楽になった。

 荷を下ろしたというのは、少し違う。面倒なことは、相変わらずたくさん転がっていて、それをうまく避けられるようになったわけでもない。

 机に、バックナンバーを並べる。風俗情報タブロイドを飾り立てる女の子たちを、ひとりひとり、特徴をおぼえられるくらい丁寧に観察していく。

「なにしてるの?」

「写真、参考にしようと思って。ほら、いつも、撮り方を怒られるんで」

「真面目だねえ」

「ていう、ポーズは大事でしょ」

 小さく付け加えると、滝下さんは声を出して笑った。

「ポーズ、マジで大事ですよね。デスクって、絶対、その時の気分で怒鳴ってるだけで、内容は関係ないですもんね」

 向かいの席の戸井くんが、身を乗り出してくる。

 デスクと長谷部さんは、取材に出かけている。特権階級のせいで長谷部さんがいっこうに仕事をおぼえないために、二人の外出はセットだ。おかげで、編集部にはときどき、安穏の時間が訪れる。

「直せって言われたとこ直したら、勝手なことするなって言われたことある。あれもう、はじまってるって、ボケとかいろいろ」

 マックに向かったまま、加東ちゃんが蔑んだ声で吐き捨てる。

「まだ四十歳になったばっかりだぜ。そんなこと言っちゃ可哀想だろ、元が悪いだけなんだから」

「元がって、滝下さんのが酷いですよ」

 その通りだけど、と、戸井くんは楽しそうだ。

「おれも、名上さんの真似しよう。エロい文章、勉強してますって」

「あ、じゃあ、おれにも余ったの貸して。俺は何を勉強してることにしようかなあ。デスクのダメ出しって、全部が色気がないってだけで対案もないから、参考できないんだよね」

「色気がなにか、そこから、もう意味不明ですよね」

「どういうのが色気があるのか、具体例も出さないしな」

 タブレットを回し読みしながら、散々にくさす。

 これで、状況が変化するわけでも、スキルが向上するわけでもない。無駄なことだとわかっている。だが、それがなんだ。そこから先へ続くはずの感情や思考を、抑制することができる。

 耳は随意筋なので、自由に動かすことができるはずだと、聞いたことがある。ときどき、耳を動かせる人がいるように、わたしも必要ではないと判断した意識を、働かせないようにできるようになった。たぶん、そういうことなんだろうと思う。

 怒ったり、悲しんだり、そういう感覚は痙攣のようなもので、そうしようと決めれば抑えることができる。今まで左手しか使っていなかったことに気づいて、右手でモノを掴むことをおぼえたら、こんな気持ちになるかもしれない。

荷物はまだある。わたしは、その背負い方をようやく覚えたのだ。

 もう少しうまくやるために。

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