第21話 自身の行動や言動に責任を持つ大切さ

「チケットの半券を見せて戴いてもよろしいでしょうか?」

「あ…はい…!」

休憩後、俺―――――富士原ふじはら 成俊なるとしは、自分の目の前に現れた女性客に対し、そう告げる。

そして、アニメイベントのチケットを確認した後にドアを開けてあげると、女性客は足早に中へと入っていく。最初、俺がいる場所のドアマンは他のアルバイターがやっていたが、今は休憩に入らせるため、この後からイベント終了までの間を、俺がドアマンとして過ごす事となる。

 以前に似たような業務ことをやっていた際は、階段の前で立ちっぱなしだったが…

その場で考え事をしながら、俺はパイプ椅子に腰かける。

何故、自分の側にパイプ椅子が設置されているのかというと、有事の際以外は、座って待機していて良いという、運営側むこうの計らいによるものだからだ。

椅子の有無といったアルバイターへの待遇は、その時入る現場によって異なるらしい。このイベントの場合だと、ドアマンは有事の際以外はパイプ椅子に座って待機していても大丈夫らしい。そのため、俺も今現在、休憩に行っている奴が使っていたパイプ椅子をそのまま使わせてもらえているため、こうして座れる状態なのである。

また、今回は音楽イベントではないため、中で大歓声があったとしても分厚い扉がすぐ横にあるため、音が外に響く事はない。待機している身としては、余計な雑音がなく、とても気持ちが良い状態なのだ。しかもパイプ椅子なので、背もたれがついている。疲労もたまっていた俺は、今にも眠ってしまいそうな時だった。


「ん…?」

すると、何処からか複数の足音が聞こえてくる。

俺は、俯いていた頭をすぐに上げ、聞こえてくる足音に対して耳を澄ませる。すると、関係者側以外立ち入り禁止の所から、三人の男性が現れる。一人は先方でカメラを持ち、間に一人挟んだ後ろには、スタッフと思われる中年男性がいたのだ。

 もしかして、出演者の内の一人か…?

俺は、その男達を見ながらちょっとした予測を立てていた。

関係者用の通路の方から現れたとなると、この後、自分の横にある扉から中に入り、客を驚かせる演出を行うのだろう。

「…お疲れ様!」

すると、真ん中に立っていた男性が、俺を見るなり挨拶をしてきたのである。

「どうも…」

無視をする訳にはいかないため、俺は一言だけ返す。

その営業スマイルみたいな満面の笑みは、同じ男だからか、少し気持ち悪いようにも感じた。しかし、その時聞いた声がとても中低音な声で良く響いていたため、目の前にいる男性が、今出演中の男性声優である事を確信したのである。

そのカメラマン・男性声優・スタッフの3人は、扉の前に立つが、すぐには中に入っていかない。おそらく、タイミングを見計らって、中に入るのだろう。

 何だか落ちつかねぇから、さっさと行ってくれー…

彼らを眺めながら、俺は早くこの場から去ってほしい気持ちでいっぱいだった。

ただし、男性声優にはまるで興味はなくても、スタッフが持つ撮影用のカメラには、自然と視線が行っていたのである。おそらく、このイベントは映像収録が入っているのだろう。

そして、待つこと数分後――――――――

「入ってください!」

後ろにいたスタッフが前に行き、男性声優に合図をする。

そして、すぐに客席への扉を開いたのだ。そして、男性声優は周りに気が付かれないようこっそりと入る。

「閉めておいてもらってもいいかな?」

「あ…はい…!」

声優が入り終えた後、再び後ろに立ったスタッフに促された俺は、慌てて返事をする。

「~~~!!!」

俺が、ゆっくりと閉まっていく重い扉の持ち手に手をかけた途端、客席から悲鳴にも似た歓声が響いてきたのである。

何を言っているかまでは聞き取れなかったが、突然の登場に、客席にいる女性客達も度肝を抜かれたのであろう。当然、俺が扉を閉める事で、その黄色い声援も次第に聞こえなくなったのである。

 ひとまず、これで平和になるな…

俺は、一難が去ったような心地だったため、ぐったりとパイプ椅子の背もたれに寄りかかった。

今遭遇した声優やつのファンなら兎も角、男性声優に全く興味がない俺にしてみれば、今日のような遭遇はトラブルに遭ったのと同じような心地がする。ある意味の“ストレス”にもなるのだろうなと考えながら、それ以降イベント終了までの時間を、そこで過ごす事となる。



「えっ…マジで!!?」

イベント終了後、一連の話を聞いた新玉が、目を丸くして驚いていた。

ドアマンの業務も終わったため、俺は新玉を含む物販の売り子をしていた奴らと共に、イベント終了後も行っていた物販ブースの片づけをしていたのである。その際に、先程のイベント中に起きた出来事を、俺は彼女に話していたのである。

「いーなー!!〇〇と会場で遭遇できるなんて、芸能人に遭遇するよりも稀なことだよ!!羨まし…」

「おい…声でけぇよ」

新玉が大きな声でその先を口にしようとしたため、俺は慌てて彼女を遮る。

今日、アルバイトで来ている奴らの中には、アニメ好きで俺が遭遇した男性声優やつのファンは流石にいないだろう。それでも、あまり大きな声で口走る事は、周囲にしてみれば喜ばれる事でもない。

 何だか、妙な視線を感じるような…

俺は、そんな事を考えながら、そそくさと別の場所の片づけに向かったのであった。


そして、業務が終わって翌日の事――――――

「ん…?」

朝の9時ごろ、俺は携帯電話の着信音が鳴った事に気が付く。

携帯電話のディスプレイを見ると、メールが一通届いている。その送り主は、新玉だった。

 何だろうな…?

朝っぱらから何用かと思いながら、俺は携帯電話のボタンを押す。

「えー…っと…。“イベントで、声優の〇〇に遭遇した奴がいて、ずるいよな”みたいな内容の呟きが、SNS上にあがっている…!?」

新玉からのメールを読んだ俺は、目を丸くして驚く。

そして、添付ファイルとしてスクリーンショットが貼り付けてあったため、それを元にノートパソコンを開いてページを探し始める。

「写真は撮られていない…が」

パソコンで該当するWEBページを開いて確認したところ、彼女が言っていた内容に一致する呟きが、SNS上にあがっていた。

 盗撮された訳ではないから、いちいち騒ぐ必要はないだろうが…

そんな事を考える一方、大きくため息をつく。

自分としてはいちいち騒ぎ立てるつもりはないが、業務に関係する事をSNSに書き込むのは良くないのではないかという考えが、俺の脳裏をよぎっていた。

「ひとまず…」

新玉に返事を書こうとした俺は、自分の携帯電話を手にとる。

そして、“写真を撮られた訳ではないから、一応放置しておこう。でももし、書き込んだ奴のやる事がエスカレーションして、もっとひどい事を書いた場合は、通報する事にしようぜ”とメッセージを入力し、新玉に返信をしたのであった。



「本当…あの日の現場は客もスタッフも変な奴らばっかりで、嫌な記憶が多かったわー!!」

不機嫌そうに頬を膨らませながら、新玉が語る。

その台詞ことばによって、“アニメイベントでのスタッフ”の話が終わる訳だが、話を聞いていた俺―――――羽切はきり 陸人りくと八倉巻やぐらまき 奈緒美なおみは、各々でいろいろな事を考えていた。

 盗撮はされていないから、肖像権の侵害ではないけれど…。業務に関係する事をSNS上でしゃべるのは、良くないよな…

自分はSNSをやっていないのでよくわからないが、書き込みをした奴は何がしたくて書き込んだのかが、俺にとっては全く理解不能だった。

「思えば、富士原君って…。何気に、著名人との遭遇が多いよね…!」

考え込んでいたさ中、不意に思い出した八倉巻が、富士原に告げる。

「確かに…こう2度も遭遇するなんて、複数アルバイトをやっていても早々ないよな…」

八倉巻に言われた富士原は、「成程」と言いたげな表情かおで、ビールジョッキに入っているお酒を一口飲む。

「何にせよ、仕事でも何でも…“自分のやる行動ことや言動には責任を持たなくてはいけない”…。昔、誰かが言っていた台詞ことばが、本当そのままだと思うぜ」

「そうだよねー!今回の一件は、パンフ読んでいたアルバイターも、無関係なグッズを持ち込んでいた奴とかが、それに当てはまるし!」

俺は、以前に誰かから聞いた言葉を交えながら、自分が思っている事を述べる。

すると、新玉がそれに同意し、俺の隣にいた八倉巻も黙ったまま首を縦に頷いていた。

「羽切は特に、今年から社会人1年目だろ?…流石にないだろうが、変な事は慎むようにしろよ?」

「わかっているさ…!」

富士原にそう言われた俺は、つい強がってしまう。

 富士原あいつの方が年下なのに…何故か、年上に指摘されたような気分になるんだよなぁー…

俺は、自分がこの4人の中で一番最年長であるにも関わらず、色々指摘される事に少しだけ不満も感じていた。しかし、そうやって正直に言い合える友達が同い年以外にもいると思うと、恵まれているのかなとも考えていた。


今回、富士原と新玉から聞いた話で、俺や八倉巻はお互いに思う所はあったものの、色々と再認識できて良かったと思っていた。そして、そのような機会があったこの日を幸運だと思いながら、この後も、ガゴドムスでのアルバイトの話を続けることになる。

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